王子様のキッスで目覚めるのは…(結)

 怪しい二人の影はあっという間に見えなくなり、砂浜にはギュッと身を縮込ませた花梨さんと、そんな彼女を守るために背中に手を回したボクだけが取り残されていた。


「……か、花梨さん大丈夫?」


「だだだ、だいじょうぶだけどー?」


 ぜんぜん大丈夫な感じがしなかった。


「どこか怪我をしたの? ごめん! ボク、君を守り切れなかったよ!」

「ち、ちが……」

「どこだ? どこを怪我した!?」

「どこも怪我していないからぁー、いったん離れてぇー!!」


 花梨さんにもの凄い勢いで胸を押されて、ボクは後ろへよろけて尻餅をついてしまった。

 

 花梨さんはボクを突き飛ばした前傾姿勢のまま、しばらくゼエゼエと荒い呼吸を繰り返した後、くるっと背中を向けて両手で顔を挟むような姿勢になった。


「あーダメダメダメ……ばあやに絶対反対される……でもショタ君とは何かと気が合うし……カリンのこと守ってくれるし……でもやっぱりダメダメダメばあやに殺されるショタ君が……でもでも早く自分で相手を見つけないとお爺さまに勝手に縁談話を進められちゃうし……ううっショタ君がチビじゃなかったらぁー……ううっ……」


「…………?」


 あまり良く聞こえないけれど、なぜか一方的にボクがディスられていることだけは良く分かった。

 花梨さんはどこまで行っても花梨さんなんだ。金太郎飴がどこで切っても金太郎の顔が出てくるのと同じように。


 やっぱり、鈴木先輩とのデートの邪魔をしてしまったから、相当怒っているのかな? 


 でも――


 花梨さんと鈴木先輩が一時の気の迷いでカップルになったとしても、明るい未来どころか不幸な現実しか待っていないような気がする。

 それにもしかしたら、姉もその不幸な一人になってしまうかも……


 だから、ボクはもう立ち止まらない!


「ボクの話を聞いてくれ!」


 ボクはすっくと立ち上がり、思いっきり大きな声で話しかけた。花梨さんはビクッと肩を振るわせ、慌てた様子で振り向く。


「高校に入ってから、ボクはなぜか担任の先生には目を付けられているし、クラスメートからは避けられているような気がするけれど……ボクは毎日がとっても楽しかったんだ!」


「……えっ?」


 花梨さんが怪訝な表情に変わる。

 うん。自分でもうまく言えていないことは分かっている。

 だけどボクはもう止まらない!


「でもね……それは花梨さんが一緒だったからなんだよ。どんな辛いことがあっても、キミと一緒なら笑顔で乗り越えられるってことが分かったんだ……」


「ちょ、ちょっと待ってショタ君。そ、それ以上は……」


「だからボクは思い切って言うよ、花梨さん!」


「ひゃわぁ~」 


 暗くて表情は見えないけれど、花梨さんはあたふたした様子でどこから出したか分からないような声を上げた。


「全人類を敵に回してもボクはキミを絶対に守り抜く!」


「――っ!」


「だからッ――」


 そう。ボクは前に進むんだ。


「ボクの親友になってくれ! 花梨さん! ボクの唯一無二の親友になって欲しいんだーッ!!」


 ボクの声があまりにも大きかったからか、花梨さんは耳を押さえたままボクの目の前で膝から崩れ落ちていく。


 えっと……どうしよう……?


 花梨さんは砂浜に手をついて、しばらくブツブツと何か言っていたと思ったら、そのうち肩を振るわせて笑い始めた。


「か、花梨さん……?」


 ボクは慌ててその肩に手を置こうと前屈みになる。

 すると花梨さんはボクのその手をグッと掴んで――


 チュッ


 立ち上がり際にボクの頬に唇を押しつけた。


 えっ?


 唇が?


 ええっ?


「なっ? はっ? はあーっ?」

  

 ぶわっと頬が熱くなる。


「ふへへ、ショタ君なに焦ってんの~? 今のは親友からのよろしくお願いしますの挨拶だよ~!」


 と言い残して走り出そうとする花梨さんの腕を、今度はボクが掴んで引き戻す。 


「じゃ、これはお返しだ」


 ボクは彼女の前髪を掻き上げ、そのやわらかな額に唇を触れた。

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