王子様のキッスで目覚めるのは…(漆)
……離す? ……話す?
あ、そうか。
花梨さんはボクを拒絶している訳ではなかったんだ。
大事なデートの途中でなぜ自分が連れてこられたのか、理由を聞かせて欲しいと言っていたんだ。
よし、ならば話そう。
花梨さんを利用して姉にやきもちを焼かせようとしていることを。
鈴木先輩の悪事を。
すべて……洗いざらい……
「あ……の」
鈴木先輩のこれまでの悪事を全部、洗いざらいぶちまけてやろうと、意気込んでここまで連れて来たというのに。
いざ花梨さんを前にすると、言葉が出てこなくなった。
この感情の正体は、きっと不安感だ。
真実を告げたときの花梨さんの反応が、ボクには予想できない。
だから不安なのか?
ボクは――
笑顔の鮫嶋花梨をだけを見ていたい。
そう思っているから?
そんな身勝手な願いをボクが抱いているというのか?
いったい花梨さんという存在は、ボクにとって何なんだ?
何もかも分からなくなってきた。
「ねえ、何か言ってよ……」
波の音にまじり、か細い声が届いた。
ボクのシャツの裾をつまんでいた花梨さんの手に、ギュッと力が込められる。
「
ボクの動揺がうつってしまったのか、花梨さんの様子もおかしい。
自分のことを『わたし』と呼ぶなんて。
それに……
花梨さんが恥ずかしがっている?
そんな馬鹿な!
恥ずかしいのはボクの方だよ。
デートの最終段階のこれからという時に、強引に手を引いてここまで連れてきておきながら、女の子に恥ずかしい思いをさせてしまうなんて! 男として恥ずかしい!
「か、花梨さん! ぼ、ボクは……」
「う、……うん」
ボクが両肩をガッとつかむと、花梨さんは目をまん丸に開いて頷いる。
なぜかブワッと顔が熱くなるのを感じたその瞬間、ボクはものすごい勢いで後ろにグイーッと引かれていった。
「お嬢に気安く触るでない! この女たらしの血族めが! 良いか、お嬢に近づいて良いのは、長身のイケメン男子に限るのじゃ!」
しわがれ声が耳元で聞こえたけれど、気が動転して何を言っているかは理解できなかった。
ただ分かっていたのは、ボクの喉元にナイフのような刃先が突きつけられている緊急事態であること。
ボクらはすっかり薄暗くなった
「に、逃げろ――ッ」
ボクは相手の腕にしがみついて声を振り絞る。何としても花梨さんが逃げる時間を作らなければッ!
「なっ、こやつ危な……!!」
しわがれ声の暴漢が慌てている。喉元にヒンヤリとした金属の冷たさが伝わってくる。ナイフの刃先が向けられていたらボクは即死だったけれど、幸いナイフは反対側を向いていた。まだ抵抗できる!
「落ち着いて、ショタ君! その人は……」
花梨さんの声。
まだ逃げていないのか!
くそっ! くそっ! くそっ!
次の瞬間、何かが飛んでくる風切り音が聞こえたと思ったら、暴漢はサッと離れていく。
ズサッ ズサッ ズサッ バシャッ
砂の地面に何かが突き刺さる音がした。
「私の将来の旦那さまに手出し無用なのですよ!」
え? 喜多さんの声!?
キーン カキーン ズバァーッ
「くっくっくっ、相変わらず刃筋が甘いのぉ、
「さすがですね女将さん! しかしもう引退なさった方が身のためなのですよ!」
カキーン ズヴァッ タンタンタンッ……
「か、花梨さん!」
ボクは震える手で花梨さんの身体を引き寄せた。
辺りが暗い上に、動きが早くて何が起きているのかは分からない。
二つの人影は激しく絡み合い、金属音を響かせ、遠ざかっていった。
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