王子様のキッスで目覚めるのは…(陸)


 あかね色に染まった夕陽をバックに、そっと上を向いた花梨さんに鈴木先輩の顔が近づいていく。

 

 ドクンと心臓が打つ。

 気付くとボクは一直線に走り始めていた。


 背後から姉の叫び声が聞こえている。

 けれど、振り向くつもりはない。


 二人の顔が重なり合うその直前に、ガッと花梨さんの腕を掴む。

 目を丸くした彼女の顔がこちらを向いた。


「ダメだ花梨さん!」

「えっ」


 戸惑う彼女の後ろで、鈴木先輩のメガネに夕陽が反射してキラリと光った。


「鈴木先輩はダメだァァァーッ!」


 駄々をこねる3歳児のように、ボクは叫びながら手を引っ張って、花梨さんをその場から連れ出した。


 「なんで?」という言葉に「分かんない!」を被せるだけの発展しない会話を繰り返したまま、歩道橋を降りて海岸線まで走って行く。




 〈 鈴木先輩なんかに……

    花梨さんの良さが分かるわけがない! 〉




 ただそれだけが回転木馬のように頭の中をグルグルと回っていた。


「ショタ君待って……苦しい……!!」


 その声にハッとして、ボクの暴走はようやく終わりを告げた。


 花梨さんは膝に左手をついて、ゼーゼーと苦しそうに呼吸をしている。ボクが彼女をこんなこんな風にしてしまったんだ。


 繋いだ右手が汗でヌルヌルしている。

 でも、この手は離せない。

 一度離したら、それは永遠の別れを意味するような気がする。


 波音が間近に聞こえてくる小石まじりの砂浜は、もうすっかり暗くなっていた。

 先ほどの歩道橋がイネミネーションのように遠くに見えて、海岸通り走る車の騒音も遠い。

 いつの間にか、こんなところまで来てしまっていたのか。


 花梨さんがキッと顔を上げた。

 何か言わなくちゃ。

 でも、言葉が喉に詰まって出てこない。




「はなしてよ」




 先に声を出したのは花梨さんだった。


 そして、それは拒絶の言葉――


 ボクは慌てて手を離す。 

 手が鉛のように重くなり、胸にピリッと痛みが走る。

  


 

「はなしてよ」


「ふぇ?」


 また言われて、ボクの口からは自分でも驚くほど間抜けな声が漏れた。 


 自分の手のひらをに何も握られていないことを確認する間抜けなボクの頭の中で、ハテナマークがグルグルと回っている。

 完全に動揺したボクは一歩、また一歩と後ずさりする。


 けれど、今度は花梨さんの方からぐっと寄ってきて、ボクのシャツの裾をギュッと握った。


 そんなボクの感情にお構いなしに、鼻孔が潮の香りまじるほのかな甘い匂いを嗅ぎ分けている。

 

 自分が情けなくて目を逸らそうとしたその時、花梨さんのため息が耳に届いた。


「ちゃんと話して・・・よ。なんでカリンをここに連れてきたのかを! ちゃんと言葉にしてくれないと、今のわたし・・・には……なんにも分からないんだよ」

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