王子様のキッスで目覚めるのは…(肆)
――わたしには事故当時の記憶があまりない――
10年前のあの日。父の運転する車は、滋賀県の国道で大型トラックと正面衝突した。前席にいた父と母は即死だった。後部座席にいたわたしだけが、奇跡的に助け出されたらしい。
病院のベッドで目を覚ましたわたしは、看護師のよそよそしい態度から、自分がこの世界で独りぼっちになってしまったことを悟った。
そう。
あの頃のわたしは、他人から受ける視線に敏感だったのだ。
亡くなった両親は、駆け落ち同然で滋賀に移り住んでいた。もちろん、それはずっと後になってから聞いた話だけれど。
そんな身寄りのないわたしに、ずっと付き添ってくれたのがばあやだった。
ばあやは、老夫婦で営む小さな寿司屋の女将さん。埼玉県の実家から逃げるように移住してきた父と母にとって、寿司屋が第二のふるさとのような存在になっていったのだろう。
医者に二度と歩くことはできないと告げられていたわたしの足が、ばあやのマッサージを受けて動くようになったときも、なにも不思議には思わなかった。
だって、ばあやなんだもの。
ばあやとの生活は突然終わりを告げた。
母の実家からわたしを引き取るという知らせが届いたのだ。
嫌がるわたしを強引に連れ去る黒塗りの車。着いた先は瓦屋根の塀に囲まれ、日本庭園の庭には大きな池があるお屋敷。亡くなった母は極道一家の跡取り娘だった。
わたしは四代目の孫娘として、呼び戻されたのだ。
すっかり心を閉ざしたわたしは、学校へも行かずに部屋に閉じこもり、食事も喉を通らなくなった。
そんなわたしを心配しておじいさまが遣わしたのだろう。わたしと同年代の子どもたちが、入れ替わり立ち替わり部屋に訪れては、去っていく。
すると、わたしはますます心を閉ざしていく。だって、その子たちは皆、わたしを敵だと思っているんだもの。
わたしは他人から受ける視線に敏感だ。
そんな生活が3年続いたある日、廊下をドカドカと歩く音に続いて、バーンと勢いよく戸が開いた。
そのあまりの迫力に、わたしは布団から跳び上がってしまった。
「あんたまだ寝ぼけているのかい? 夜明けはとっくに過ぎているんだよ? さあ、今日という日を思いっきり楽しもうじゃないか! そうだろ、カリン?」
視線の先には、女中の格好をしたばあやが、ニヤリと笑って立っていた。
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