まず馬を射よ(玖)

 入学早々に校内のイケメン男子を見つけては、見境もなくアタックしていた好色家。周りの空気を一切読まず、無謀なチャレンジを繰り返し、ことごとく失敗して、それでも諦めずに立ち上がる頑張り屋――


 それがボクの花梨さんに対するイメージだ。


 そんな彼女が、ようやく掴んだチャンス。

 それが今日のデートだ。


 キリッとした二重まぶた。

 全身から漂う清潔感。

 鼻筋の通った顔。

 そして今流行のメガネ男子。

 鈴木先輩はどれをとっても条件にピッタリ合うはずなんだ。

 それなのにデートしていても全然楽しくないだって?


「もしかして、ケンカしたの?」


 ボクの問いかけに、花梨さんは俯いたまま首を振る。


「じゃあ……なにか嫌なことをされた?」


 首を振る。


「うーん……嫌なことを言われたとか?」


 首を振る。


「あっ、強引に迫ろうとして拒否られちゃった!?」

「まだしてないもん!」


 ……予定はあったんだ?


「逆に、何もされないから!?」

「何が逆よ! だって、そういうことは男子がリードしなきゃいけないことでしょう?」

「えっ、そうなの!?」

「だって、ばあやが言ってたんだもん!」


 また〝ばあや〟さんか。

 ばあやさんは花梨さんの本当のおばあさんではなくて、鮫嶋家の使用人らしい。

 ボクには〝エビフライ弁当の人〟という印象が強いんだけど。


「お店をぶらぶら歩いていても全然手を繋いでくれないし、プラネタリウムの中でもじっと座っているだけだったんだよ?」

「あー……」


 ……ボクたち姉弟とは対照的だったんだね。

 でも、プラネタリウムって、本来はじっと座って夜空を見上げるものだと思う。


「ねえ、どうすればセンパイはカリンのことを見てくれるかな?」

「えっ!? 鈴木先輩は花梨さんのことを見てくれないの?」

「視線は向けてくれるけど……なんか小動物を見ているような目というか……」

「なにそれ!」


 あ。でもちょっと分かるかも。


「じゃあさ、これはどうかな。ごろにゃーんて猫みたいにすり寄っていくのは?」

「えっ……」


 ボクは肩をすぼめて、花梨さんの横に立ち、


「うちの家政婦がときどきボクにやってくるんだけど、こういう感じに……ごろにゃーんって……」


 肩と肩をスリスリこすりつけていく。

 ふわりと甘い香りが鼻孔を刺激して、ハッとして我に返った。


「……その家政婦って人、大丈夫なの?」


 ジト目を向けられて、慌てて離れるボク。

 めっちゃ怒られるかと思ったけれど、花梨さんの頬はほんのり赤味を増している。


「き、喜多さんはね、恋愛マスターなんだよ! だから、ボクを練習台にしているのかも知れないね?」


「あははは、ほんと大丈夫なのー?」

 

 ころころと笑い出した花梨さんを見て、ボクはようやく安心した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る