王子様のキッスで目覚めるのは…(壱)

 姉と鈴木先輩に合流するために、プラネタリウムの方へ戻って行く道すがら、花梨さんが不意に立ち止まった。


「ねえ、ショタ君は何か欲しい物はある?」

「えっ」

「ショタ君は色々親切にしてくれるけど……カリンは何もしてあげられないから……何かお礼をしようかなと」

「いや、そんな……お礼なんて……」


 驚いた。

 そんなことを花梨さんに言われる日が来るなんて、ボクは想像もしていなかった。

 

「本人にこんなこと訊くのは変だってことは分かるんだけど、男の子がもらって嬉しい物が何かなんてカリンは分からないし、そんなことを相談する相手もいないからさ……」


「ええーっ!? そうなの?」


「ばあやの前でショタ君の話題は禁句だし……」


「ばあやさんはともかく、花梨さんに同年代の相談相手がいないということに驚いたよ。ボクはてっきり花梨さんは男を取っ替え引っ替えしてきた強者つわものだとばかり思っていたからさ」


 ん?

 花梨さん、さっき何か変なこと口走っていなかった?


「あははは、なにそれー! それじゃまるでカリンが男ったらしの尻軽女みたいじゃーん!」


 ころころと笑い始めてしまったので、ボクはそのことを訊くタイミングを逸してしまった。

 

「あーあ、ショタ君はやっぱ面白いなぁー」


 笑い過ぎて涙が貯まった目尻を指の先で拭いながら、花梨さんは『ふうーっ』と息を吐く。


「……実はカリン、まともに学校というものに通ったことがないから、同年代の友達もいないし……男と会話したこともなかったんだよね」


 急に真顔になって、ポツリとしゃべり始めた。 


「……だから、試験会場でショタ君に声をかけてもらったとき……何をどう答えれば良いのか、ぜんぜん分からなかったんだよね」


 これはきっと、ボクが彼女の消しゴムを拾ってあげたときの話だ。


「高校に入学したら、今度こそちゃんとしようと思っていたけれど……やっぱり上手くいかなくて……そしたら、また声をかけてくれたよね」


 入学式の日、玄関前で泣いていたときの話だ。


「二度も助けられて、あぁ……、ショタ君がばあやが話していたカリンの運命の人だったら良いなぁーって思ったんだよ」


「うっ……」


 きらっと瞳を輝かせてボクを見る花梨さん。

 

「でも……それは絶対あり得ないって……ばあやが……」


 ばあやさんが?


「男は背が高くてイケメンじゃないとダメだって……」


 心臓に槍が刺さったような衝撃を受けた。


「だ、大丈夫ショタ君!? 気をしっかりもって!」


「うん、大丈夫だよ花梨さん……心に負った傷は時間が解決してくれることをボクは知っているから……」


「はっ!? それ全然大丈夫そうじゃないじゃないの!」  


 ああ……ボクはばあやさんに会ったこともないのに、なぜこんなに嫌われているのだろう。


 でも……


「大丈夫だよ花梨さん! 星埜守学園高校生徒会のスローガンを思い出してよ!」


「へ!? スローガン?」


「『学びと遊びのワンダーランド』だよ! そしてボクは生徒会長・夢見沢楓の弟だ! キミを必ず夢の世界へ連れて行くから、ボクに付いてきてよ!」 


 なぜボクはこんなにも彼女のことを気にかけているのだろう。

 なぜこんなにも気になってしかたがないんだろう。


 ずっとそのことばかり考えていたけれど……


「よーし、カリンはがんばる! がんばってセンパイの心も体もゲットしてみせるよ!」


 二ヒヒ……と白い歯を見せて笑う花梨さん。

 それを見ていると、ボクの心は満たされる。


 これがボクの欲しい物。

 だから……これまでもいっぱいもらっていたんだ。


 むしろ感謝すべきなのは、ボクの方なんだよ、花梨さん。


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