まず馬を射よ(伍)

「あ、あのさ……ぐ、偶然にしては出来過ぎていると思うんだよね……」

「えっ?」


 頬をポリポリ掻きながら、鈴木先輩は言葉を続ける。


「だってさぁー、電車で1時間もかかるこの場所で、偶然あのタイミングで出会うなんて奇跡が、この世界に存在すると思うかい?」


「は、はあ……」


「ひょっとして、会長は俺のことが気になって、ここまで後を付けてきたんじゃないのかな? どうだい、俺の推理は当たっているかい?」


 すみません先輩。

 その推理、まったくの大ハズレです。

 とても気まずい。

 何も返答できないボクは、紙コップの水をごくごくと飲み干した。


「あ。ノドが乾いたよね? コーラでいいかな、俺飲み物買ってくるよ!」

「そ、そんな……ボクはお水で……」

「いいって、いいって。その代わり、俺たちのこと応援してくれよ!」 

「は、はあ……」


 鈴木先輩は爽やかな笑顔を残して行ってしまった。

 ん~。

 何か違和感がある。

 でも、その違和感の正体が何であるかは分からない。


 しばらくすると、両手にコーラを持って、鈴木先輩が戻ってきた。


「会長は、家では俺のこと何て言ってる?」

「えっ」

「ほら、キミたちは姉弟なんだからさっ、家で学校のことを話すこともあるだろう? 会長は俺のこと、何て言ってる?」

「えっと……」


 ボクは喉が渇いた振りをして、ストローを咥えて、ぞぞぞとコーラを吸い込む。

 困った。

 姉は学校のことを家ではほとんど話さない。

 それにはきっと、ボクなんかには分からない深い理由があるのだろう。

 だから、鈴木先輩の『す』の字すら話題に出てきたことは一度もないという事実を、この場で言って良いものかどうか……


 チラッと斜め前を見ると、鈴木先輩はワクワクとした様子でボクの返答を待っているご様子。


 う~ん、困った――

 

「か、花梨さんたち遅いですねー」


「えっ、あっ、そうだね。会長はどこのトイレまで連れて行ったんだろうね」


「花梨さんのことだから、何か姉を困らせるようなことしていなければ良いんですけど……」


「そうだねー。会長は後輩の面倒見が良すぎることもあるからねー」


 あっ――


 違和感の正体が分かった。

 

「鈴木先輩」


「ん?」

 

「今日、この後も花梨さんのエスコート……よろしくお願いします!」


「ん? はい? アハハハハ……、なんだかキミあの子の保護者みたいだね?」


 唐突もなくボクが深々と頭を下げたので、鈴木先輩には何かの冗談かと思われてしまったようで、軽く笑い飛ばされてしまった。

 

 でも、これでハッキリした。

 やっぱりボクはここに来るべきではなかったのだ。

 姉が戻ってきたら、早々に立ち去ろう。

 すっかり冷めてしまった料理を前に、ボクは決意した。


「二人とも、お待たせー!」


 その時、張りのある姉の声が聞こえてきた。

 振り向くと、手を振って歩いてくる姉の後ろに、まるでファション雑誌から抜け出して来たかのような、可憐な少女の姿が見えたのだ。


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