まず馬を射よ(陸)
薄い紫の生地に花の形が刺繍されたワンピースは、腕の先がふわっと広がっていて、少し長めのスカートとも相まって、ちょっぴり大人の女性に見間違えるけれど、どう見てもその可憐な少女は花梨さんだった。
「かいちょーに新しい服を買ってもらったんですけど……どうです? 似合ってますか?」
元々持っていた薄緑色のポシェットとも色の相性がとても良い。
花梨さんはポシェットを胸の位置に持ち上げてギュッと握った。
「すごく……カワイイ……」
頬を赤らめて真顔でそう呟いた男の子は誰でしょう?
そう、ボクです。
「なッ………………何でそこでショタ君が反応するかな?」
「あっ、ご、ごめん……」
「別にいいけど……かいちょーから訊いたよ。ショタ君はカリンのことが心配で様子を見に来てくれたんでしょう? あんがとー!」
その笑顔の背景にヒマワリが咲き乱れた。
「あ、でもちょっと困ったことが起きちゃって……この服の代金をかいちょーがカードで払ってくれたんだけれど、いくら掛かったのかを教えてくれないの。あとでちゃんと返しますって言っているのに……」
「あー、姉ってそういう人だから……」
「でもカリンの家はそういう事に厳しいから、それでは困るの! 後でレシートの金額を調べて教えてくれないかな?」
「うん、わかった。ボクに任せて!」
ドンと胸を叩くと、花梨さんはホッとした表情を見せた。
あれれ?
なんかボクら初めてフツーの会話していない?
普通のことに戸惑ってしまうボクらの関係って、何なの?
ボクがそんな事を考えて首をひねっていると、花梨さんも同じように首を傾けている。
そこでハッと気付いて、テーブル席に目をやると、姉と鈴木先輩が斜向かいに座って何やら話しをしているところだった。
うっかりボクらが話し込んでしまって、もう一人の主役である鈴木先輩を放置してしまったのではという心配は無用だったらしい。
姉がちゃんとフォローしてくれていたんだ。
「センパーイ、どうです? この服かいちょーに選んでもらったんですよ?」
「ああ、うん。似合っているよ鮫嶋さん」
「えへへ」
にこにこ笑いながら、花梨さんは鈴木先輩の隣にちょこんと座った。
姉はポーチから伝票のような物を取り出して見せる。
「これ、クリニーングの引き替え券なんだけれど……どうする? ウチの使用人に取りに来させても良いのだけれど?」
「かいちょーにそこまで甘える訳にはいきません! ばあやに頼んで引き取りに来てもらいます」
「えっ、それなら私に……」
「あっ、違います違います! ばあやって家の使用人のことなんで! 確かにばあやは年寄りですけど、神出鬼没でバイタリティにあふれた人なんで心配ご無用です!」
「へー、そうなんだ……」
神出鬼没でバイタリティにあふれた使用人――
何だかウチにも居たような……
何はともあれ、これで分かった真実が一つある。
結局、花梨さんの家は使用人がいるぐらいにはお金持ちなんだ。
ボクの推理は当てにならない。
それが証明された瞬間だった。
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