まず馬を射よ(肆)
「さ、鮫嶋さん、大丈夫かな?」
「だいじょばないですぅ~、ふえーん……」
床に女の子座りして泣いている花梨さんの服には、上半身の部分にべったりとクリームやジュースがしみ込んでいた。
そばに転がっている容器や床の液体の色から推測すると、クリームソーダとコーラフロートを運んでいる途中に、足をどこかに引っかけて転んでしまったという所だろうか。
鈴木先輩は、花梨さんのすぐそばにいるものの、どうして良いか分からずにおろおろしているだけ。
ボクは一瞬戸惑った。
ここで出て行くのは、あまりにも不自然だ。
どんなに偶然を装ったとしても、勘の良い花梨さんには、ボクがストーカーまがいのことをしていたことがバレてしまうかもしれない。
でも――
それでも――
近くのカウンターにトレーを置いて、ボクは駆けつけようとした。
すると、そこには食べかけカルボナーラが置かれていて――
「すぐ立ちなさい! もうー、ほんとうにぃー、星高生が床で泣いているなんて有り得ないんだからね! 鈴木君もぼけっと立っていないで濡れフキンをありったけ持ってきなさい!」
姉が花梨さんの脇に手を入れ、立ち上がらせていた。
おそらく、姉は花梨さんが転ぶ音を聞いたと同時に動き始めていたんだ。
フードコートの清掃員の年配女性には頭を下げてお礼を言ったり、ハンカチで花梨さんの顔を拭いたりして、テキパキとその場の混乱を収束させていく。
「うーん、ちゃんとしておかないと、染みが残っちゃうよね。ほら、化粧室へ行くわよ!」
「あ、はい! かいちょー、ありがとうございますぅ~。ショタ君もありがと~」
いったん泣き止んでいた花梨さんは、目に涙を溜めてハンカチを口に当てたまま、姉に付き添われてトイレに行った。
ボクは清掃員さんが床を拭きやすいようにイスを動かしただけなのに、花梨さんはボクにまでお礼を言ってきた。
姉と一緒のときは、本当に素直な女の子という感じになるんだ。
それにしても……
水玉模様のワンピース姿の花梨さんって……
ぱっと見、小学生の女の子って感じだよね。
鈴木先輩と一緒にその場に残されたボクは、何だかとても気まずい。
ブッブッブー
……
ブッブッブー
……
ブッブッブー
チョリーン
ブッブッブー
チョリーン
ブッブッブー
テーブルに取り残された2台のお知らせブザーが同時に鳴った。
「あ、俺はサイコロステーキを取りに行かなくちゃいけないから、夢見沢君は鮫嶋さんの分をお願いできるかな?」
愛想良く笑いながら話す鈴木先輩も、少し表情が固かった。
数分後、ボクと鈴木先輩は4人がけのテーブルに斜向かいに座っていた。
テーブルには、ボクと姉の食べかけのパスタ。
鈴木先輩のサイコロステーキ。
そして、花梨さんが注文した――
ミートソースが並べられていた。
うん。
花梨さんがそれを注文していることを、ボクは何となく察していたよ。
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