出過ぎた杭は打たれない(結)

 姉たち生徒会のメンバーが企画した〝バディ制度〟により、てっきり鈴木先輩と花梨さんの仲は急接近したものだと思っていた。

 けれど、花梨さんの口から出てきたセリフは、そのボクの思い込みが大いなる勘違いだったことを示していた。


「い、いや……ちょ、ちょっと落ち着きなよぉーっ、花梨さん!」

「カリンは落ち着いてるよ。慌てているのはショタ君だよ?」

「ふわっ、ボボ、ボ、ボクが慌ててるだってぇー!?」


 イスから立ち上がり、手をパタパタと上げ下げしている自分にはたと気付いて、座り直すボク。

 顔が火照ってきた。


 自分が焦ったときほど、まずは落ち着いて足元の状況を整理するべきだと、探偵の父が言っていた。

 深呼吸を五回してから、キョトンとした顔の花梨さんを相手に尋問を開始する。


「この十日間、キミは昼休みはずっと鈴木先輩と過ごしていたよね?」

「うん。まあ、そうね……。センパイは元々食堂で食べる人だったから、カリンもその隣でお弁当を食べていたよ」

「そっか、食事中は二人っきりにはなれなかった訳だね」

「そうそう。それに、センパイはイケメンだから、すっごく友達が多いみたいで、いろんな人が話しかけてくるのよね……」


「花梨さんが隣にいるのに!?」


 ボクは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 UMAの如き異様なオーラを発している彼女がそばに付いているというのに、気にせずに話しかけられるなんて、鈴木先輩の友達はタフな人が多いのだろうか。それとも単純に鈍感なのか。

 へたに近づいて行ってからまれでもしたら、厄介だと思わないのかな?


「……なぜか胸がモヤモヤしてきたんだけど、ショタ君は今何考えていたのかな?」

「へっ? あっ」


 いけない。

 花梨さんは場の空気をぜんぜん読めないくせに、ボクに対する洞察力だけは長けているんだった。

 ボクは軽く咳払いをしてから、尋問を続ける。


「で、二人はお昼を食べ終わってからは、どこで何をしていたのかな?」

「んーとね、天気の良い日は中庭を歩いたり、校庭のベンチでおしゃべりをしたりー、雨の日は図書室で勉強を教えてもらったりいー」


 なんだ、めっちゃ青春してるじゅん!


「でね、最後には必ず、かいちょーのところい行くんだよ?」

「へ? お姉……生徒会長の所に? 何をしに?」

「んー、別に何をするわけでもなく、ただ目の前を通り過ぎるため?」

「なにそれ!」


 混雑する学生食堂で昼食を食べてると、昼休みの残り時間は三十分もないはずだ。それからおしゃべりをしたり、勉強をみてもらっていたりしたら、あっという間に午後の授業の開始時間だ。

 それなのに、貴重なはずの残り時間を使って、三年生の教室へわざわざ出向いて姉の前に顔を出す? 


「だから、あっという間にお昼休みが終わっちゃうんだよね。ねー、どーすればカリンたちはもっと先へ進めると思う?」


 花梨さんは気付いていないようだけれど、これには何か裏があるに違いない。

 ボクはそう確信した。


「――でね、カリンとしてはぁー、土曜日の初デートで、鈴木センパイとの距離を一気に縮めたいと思っているの! デートで何をすればいいと思う?」

「へ?」

「ん? カリンの話、ちゃんと訊いてるの?」


 いけない。

 話もそっちのけで、考え込んでいた。


「ご、ごめん。そっか、学年10位以内に入ることができたら、週末デートをするって鈴木先輩と約束していたんだもんね。改めて、8位おめでとう!」

「ふへへ、あんがとー。必死に勉強して良かったよ」

「もう先輩には報告したの?」

「もちろん! センパイ、顔面が固まるぐらいに喜んでくれたけど、今日のお昼はショタ君と食べるって言ったら、急に表情が柔らかくなって送り出されたのよ。ちょと照れているのかな?」


「あー、どうだろう……」


 気付けば、館内放送の音楽は止まり、ドアの向こうがガヤガヤと騒がしくなっていた。

 時計を見ると、昼休みの残り時間は10分を切っていた。


「ぎゃー、もう食べる時間がないじゃないか!」


 ボクらはほぼ同時に両手で頭を抱えながら上を見上げた。


「お残しすると、ばあやに叱られちゃうー!」

「ボクだって、全部食べないと喜多さんに心配されちゃうー!」 


 ボクはサンドイッチをパクパクと食べていく。

 花梨さんも自分の弁当に箸をつけていく。


 ふとよそ見をしたときに口の中にエビフライが突っ込んできたり、カレーライスが飛び込んで来たりして、もう何が何だか分からない状態になってしまった。


 『餌付けだ餌付けだー』って訳の分からないことを言っていた花梨さんが、とても楽しそうな顔をしていたことだけは、強く印象に残っている。


 その顔を見たとき、ボクは何だかホッとしたんだ。

 得体の知れないこの感情の正体は、いったい何なのだろう。 

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