【追加エピソード】夢見沢カエデの初詣大作戦!《第2.5話》

《作者まえがき》


 令和最初の年越しを記念して、番外編をお届けします。

 時系列しては、第1章第2話と第3話の間に入るエピソードとなります。

 ここまで読んでいただいている読者の皆様に感謝の意を込めて、令和二年元日の朝に書きました。

 本年もどうぞよろしくお願い致します。



  ――――――――――――――――――――――――――――――



 大晦日の年越し番組を二人で観ている。ううん、正確にはお笑いタレントが、迷彩服を着た男たちにお尻を叩かれている場面を見て、けたけた笑っているしょうちゃんの横顔を、私はじっと見つめているのだけれど。


「ほんと、面白いよね!」

「ふえっ、な、なにが!?」


 不意に天使の微笑みが向けられ、私は思わずのけ反ってしまった。弟の神々しいばかりの眩しさに、私の下心が見透かされるのではとおののいたのだ。

 もったいないことをした。


「何がって……テレビ番組のことだけれど。あっ、やっぱりチャンネル変えよっか? お姉ちゃんはあんまりお笑い番組は好きじゃないかな?」


「だめぇー! お姉ちゃんの楽しみを奪わないでぇー!」


 私は慌てて、テレビのリモコンを握る弟の手を両手でおさえた。

 しょうちゃんは、まん丸お目々をぱちくりさせて私を見てきた。


「ボクがお姉ちゃんの楽しみを奪う!? それはまったくの誤解だと思うけど、誤解させちゃったことについては謝るよ。ほんとにごめんなさい……」


「あっ……私の方こそごめんねしょうちゃん。でも、本当にお姉ちゃんはしょうちゃんが観たいテレビ番組を見るのが楽しみなの。幸せなの。はい、ミカンをお食べなさい!」


 半ば無理やりに話しを終わらせた。

 しょうちゃんは首を傾げつつも、テレビに視線を移した。


 もぐもぐもぐ…… ごっくん。


 中学男子としては奇跡的に美しく、のど仏も出ていない弟の喉がごっくんと動くこの瞬間が好き。


 テレビを観ながらころころと笑う弟の隣で、私はひたすらミカンの皮をむき続ける――





 年越しのお笑い番組が終わり、ニュースに切り替わったとたんに、可愛い二重のまぶたがゆっくりと閉じていき、コタツの掛け布団をきゅっと握ったまま眠りについてしまったしょうちゃん。

 その様子をじっと見つめたまま、私はその隣にゆっくりと横になる。吸い込まれるような天使の寝顔に近づきたくて、くねくねと身体をよじらせて近づいていく。


 除夜の鐘が微かに聞こえる。近所のお寺の鐘の音が、住宅街のここまで届いているのか。百八つの煩悩をはらうといわれる鐘の音と、しょうちゃんの寝息の音が重なるこの瞬間が、好き――


「この鐘の音で、お嬢さまの煩悩もはらわれるといいのですが……」 


「はっ!」


 突然耳元で聞こえた女の声に、私は飛び起きた。

 あやうく年明け早々に、心臓が止まるところだったわ!


「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします」


「き、喜多!? 心臓に悪いから、突然話しかけないでもらえるかしら?」


「申し訳ありません。ついつい、昔のくせが出てしまいますね。ええ、くノ一時代の昔のくせが……くノ一ですので、ええ……」


 彼女は夢見沢家に仕えるスーパー家政婦の喜多きた。本人が言うように、伊賀忍者の末えいなのだけれど、『くノ一時代』というのは冗談なのだと思う。だって、現代の日本に本物の忍者がいるわけがないもの……


「ま、いいわ。今度から気を付けてね! ところで、例の作戦の準備は、もう整ったのかしら?」


「はい。準備万端整いましたゆえに、お嬢さまを呼びに来たのです。そうしたら、何ということでしょう……祥太お坊ちゃまの寝込みを襲うくせ者を見つけてしまった……という訳でございます」


「それは危ないところだったわね。……んん? そのくせ者って?」


 首を傾げる私にはお構いなしに、喜多は私の腕をぐいぐい引っ張って二階に上がっていく。彼女に連れてこられたのは、私の部屋。

 クローゼットの中にぶら下がった緑色のロープをぐいっと引くと、壁の向こう側からカタンと音が鳴り、隠し扉が現れるだ。


「ひさしぶりね、喜多の部屋に入るのは……」


「あっ、足元にお気を付けください。それから、内部の壁にお手を触れませんように。素人にはやや危険なトラップが各所に仕掛けられていますゆえに……」


 こわい。


「どうしましたか、お嬢さま? 初詣には着物をお召しになるというご要望にお応えすべく、不肖この家政婦の喜多は準備万端整えました。あとはそれを無為にするか、夢を実現するかは、あなた次第でございます!」


「い、行くわよ! 上等だわ!」


 一歩目で、私の足首にロープが引っかかり、私の身体はぶらーりと宙づり状態にぶら下がってしまったのだった。


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