ボクのコスプレ撮影会(後編)

「ねえ、もうやめようよー! ボク写真を撮られるのは嫌いじゃないけど、さすがにこれはやり過ぎだと思うんだ。制服姿にマントなんて絶対おかしいよね?」


「ああん、祥太ちゃんのちょっと頬を膨らませて怒っている表情もサイコーに良いわぁー。さぁ、もっと怒って! ママに激おこぷんぷん丸な表情をちょうだーい!」


「…………」


「ショウタ様……この状態の奥様は誰が何を言っても止められませんゆえに……諦めて言うとおりになさってください……」


「そんなこと言って、喜多さんだってさっきからボクにレンズを向けっぱなしだよね?」


「申し訳ありません……先ほどから手が勝手に動いてしまうのです」


「ほんとかなぁー?」

 

 ボクの制服姿の画像をきっかけとして一時は言い争いになっていた母と喜多は、改めてボクの撮影会を開くということで意気投合してしまっていた。


 最初は恥ずかしさでいっぱいだったボクも、だんだんと母からかけられる言葉が心地よくて、ついついボクもその気になってしまっていた。


 でも、縫いぐるみを持たされたり、バラの花を口にくわえさせられたり、どこから持ってきたのか分からない不思議な色のマントを装着せられたりしているうちに、はっと我に返った。

 

 それが今、ここ夢見沢家のリビングダイニングで起きている状況なんだ。


 そして気づくと時計の針は十一時を回っている。

 

「ねえ二人とも時計を見てよ! もう出発しないと登校初日に遅刻だなんてシャレにならないよぉー! もうお昼ご飯を食べる時間もないよぉー」


「ご安心くださいショウタ様……こんなこともあろうかと、サンドイッチをご用意しておりましたゆえに……」


「喜多さんはこの状況を予想していたというの?」


 片膝をついて喜多が差し出してきた白いお皿には、朝食に食べたトーストと同じパンを使ったサンドイッチが盛られていた。

 色とりどりの野菜とハムがバランス良く挟んであり、匂いを嗅いだだけでジュワッと唾液が口の中に広がっていく。


「入学式に奥様がいらっしゅる、そして遅かれ早かれ昨夜のショウタ様の撮影会のことが耳に入る……そこから導き出される、ごく初歩的な推理なのですよこれは。うふふふふ……」


 めずらしく得意満面の笑顔を向けてくる喜多。


 確かに彼女は父の探偵事務所ができた当時からいる元探偵。

 最近は夢見沢家専属の家政婦に転職した訳だけれど、探偵をやっていたぐらいだから推理も得意なんだろう。


 でも……


 サンドイッチをもぐもぐと頬張るボクの顔を間近からパシャパシャと携帯のカメラで撮りまくる彼女の姿は、ちょっとおかしなストーカーにしか見えないのだけど……


「ううーっ、食事はこれでいいけど、今から学校に行く準備をしなくちゃいけないし、歯磨きだってまだしていないし、ピンチなのには変わりないよぉー」


「でもでも祥太ちゃん、入学式の案内状によると受付は午後二時のはずよ? まだ二時間もあるんだから、のんびりと身支度を調えて……」


「それは保護者受付の時間だから! 生徒は一時には教室に入って出席確認することになってるんだ」


「あら」

「おや」


 ボクの説明を聞いて、二人はようやく事態を飲み込めたようだ。


「大変じゃない! なぜもっと早く言わなかったの?」


「事前にご出発時間を把握しておかなかった私の責任でございます。申し訳ありませんでした……」


「ううん、それについてはボクにも責任があるからもういいんだよ。とにかく急いで準備するから皆も協力してね!」


 実際、朝からこの時間までコスプレ撮影会みたいなことを続けてしまったのは、いいねいいねと言われているうちに、ついつい写真を撮られることに快感を覚えてしまったボク自身の責任が大きいんだ。

 それについては大いに反省するところだよ。うん。

 

 そこから怒濤のお片付けタイムが始まった。


 母は部屋のあちこちにセットしていた照明装置を片付け、喜多は撮影用に取り付けたカーテンや背景ボードなどを外していく。

 ボクは洗面所で身支度を調え、二階に駆け上がり学校が指定した持ち物をカバンに詰め込んだ。

 

 そしてなんとか準備を終えて玄関で靴を履いた頃には、駅まで全速力で走ってなんとか間に合うかどうかという時刻になっていた。

 その電車に乗り遅れたらもう遅刻確定というギリギリの時間。


「ううっ、何だか胃がキリキリする!」


「ショウタ様にはいつも私がついていますので……ほらこちらに」


 喜多はボクの腕をそっと持ち上げ、自分の手首を合わせるように見せた。二人の手首にはお揃いの組紐でできたミサンガが結ばれている。


「そっか、うん。いつも喜多さんが見守ってくれているんだね」


「うふふふ、いってらっしゃいませご主人さ……こほんっ、ショウタさま……」


 うやうやしくお辞儀した喜多の頬に紅がさしていた。


 玄関先には母と、真っ赤なスポーツカーが待っていた。


「さ、祥太ちゃん! 駅までのすべての信号はALL GREENよ!」


 母は助手側のドアを颯爽と開けて、乗り込むように促した。

 ハンドルを握るのはパソコンとメカが大好きな父の部下だ。


「本当に駅まででいいの? 星埜守ほしのもり高校までこのクルマなら三十分もあれば着いちゃうのに。ママに任せれば国道だってALL GREENよ!」


「だからそれが怖いんだよ! ママなら本当にやりかねないからさっ」


「そっ、じゃあしょうがないわね! じゃあ駅まで祥太ちゃんをよろしく頼むわね、添田!」


 ボクが助手席に乗り込むと、母は勢いよくドアを閉めてドライバーの添田さんにウインクをした。


 添田さんがアクセルを踏み込むと、後輪のタイヤが音を立てて空転し、やがて真っ赤なスポーツカーはロケットのように加速していくのだった。


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