静かな教室で(弐)

「ううーっ、またやっちゃった……ぐすっ……もう帰りたい……」


 教室の床に飛び散った文房具や書類を泣きながらカバンに戻している花梨かりんさん。

 入学初日の初登校で既に二度目の涙を流すことになるなんて、不幸を絵に描いたような女の子だった。

 そして花梨さんに関わったボクも、顔面を床に強打して涙目で痛みをこらえている最中なんだ。


 あ、ちょっと鼻血が出てるかな……?


 一方、ボクらがこんな騒ぎを起こしたというのに教室内はやけに静かなんだ。

 普通なら登校初日にして生徒二人が遅刻して来て、入ってくるなり派手に転んだりしたら、大騒ぎになってもおかしくはないよね? 

 カツカツという足音が、鼻を押さえてしゃがみ込むボクの目の前で止まった。


 黒色のエナメルシューズ。

 嫌な予感がする。 


 恐る恐る見上げた視線の先に――


「久しぶりね、夢見沢祥太クン。入学初日に重役出勤だなんてさすがだわ」


 赤縁めがねを指先でくいっと持ち上げ、ボクを見下ろしているその人は――


「同じご両親から生まれた姉弟とは信じがたいわね。あなた、本当にあの生徒会長と血の繋がった姉弟なの? 本当は養子なんじゃないかしら……ねえ、戸籍を調べてみたことはある?」


 入学試験で試験監督をしていた女性の先生だった。


 ここで教室内がようやくざわつき始めた。それが生徒会長の弟であることを知ってのことなのか、それとも血のつながりについて先生が疑ったことに対しての動揺なのかは分からない。


 ちょうどペンケースをカバンの中に入れようとしていた花梨さんは、ピタリと動きを止め、ボクと先生の顔を見比べるように視線を動かしている。


 息が苦しい。何か言わなくちゃ……


「ち……遅刻したのはごめんなさい。で、でも……」


 言葉に詰まった。


 先生は明らかにボクに対して負の感情をもっている。

 確かに遅刻してしまったことはボクが悪い。

 でも、姉を引き合いに出して、血のつながりを否定されるほどに悪いことなんだろうか?

 

 分からない。


 視界がにじんできた。


 あれ……涙が……出ている?

      

「はーっ、くっだらない!」


「はっ?」


 花梨さんがため息混じりに吐いた言葉を耳にした先生は、視線を彼女に移す。


「ショタ君はちゃんと謝ったんだからさっ、もうこれ以上とやかく言う必要ないじゃん? それに何なのあんた? もう入試は終わったんだから、あんたに用はないのよ、帰りなさい!」


 ピシッと人差し指を斜め上に差す花梨さん。

 身長差の関係で。


「うふふ、あなたは本当にユニークな子ね。私はこのクラスの学級担任、星埜守律子ほしのもりりつこよ」


「ええ――――ッ!?」


 驚いた拍子に両腕をバンザイのように上げ、カバンから中身が飛び出した。


 鮫嶋花梨はドジっ子で天然な女の子だった。



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