静かな教室で(壱)

「あんた先に入りなさいよ、男でしょ!?」


「うー、さっきまでボクのことをオンナ男って散々ディスっていたのにぃー! なんでこんなときだけ男扱いするのかなぁー?」


「ほら、それよそれ! うじうじうじうじうじうじって……あんた見かけだけじゃなくて中身も女なの? 男だったらバーンとドアを開けて入りなさいよ!」


「ううっ、花梨かりんさんの思う男らしさの基準って何なんですかぁー? だいたい花梨さんのせいで遅刻したんじゃないですかー」


 花梨さんに背中を押されるも、彼女はボクと同じぐらいの背丈なので力は均衡していた。

 教室のドアの前で、どちらが先頭で入っていくかの押し付け合いの真っ最中なのである。


 入学初日で遅刻だなんてとても恥ずかしいことであり、あってはならないことだよね。

 それもこれも、学校の玄関前で地べたに手をついてがっくりと項垂れている女の子にボクが声を掛けてしまったことが原因なんだ。


 勘違いしないで欲しいけど、声を掛けたことに後悔はしていない。だって、あのまま素通りしてしまったら、後で絶対後悔したはずだもの。


 じゃあ、何がいけなかったのだろうか?


 うーん。


「ほら、早く中に入ってよ! あんたが注目を浴びているその隙にカリンはこっそり入るんだからね!」


 背中をぐいぐい押してくる彼女を見やり、ボクは一つの答えを見つけた。


 結論――


 彼女が鮫嶋花梨さめじまかりんだから――である。


 鮫嶋花梨はよく遅刻する。

 鮫嶋花梨はよく泣く。

 鮫嶋花梨はよく叩く。

 

 うん、めっちゃヘンな人だよね?

 こういう人を何属性っていうんだろうか?

 特に最後の理由もなく人を叩くことなんてめっちゃヘンだよ。

 あーあ、そんな人に関わってしまったこと自体が不幸の始まり。

 もう関わらない方がいいよね。


 それなのに……

 運命の神様はどこまでボクをもてあそぶのでしょう……


 ボクは花梨さんと同じ1年F組になってしまったのだ。


 ああ、神様。

 ボクはこれからどうしたら良いのでしょうか。


 目の前のドアの向こうからは女性教師の冷淡な感じの声だけが聞こえてくるし、後ろからは早くドアを開けろとボクの背中を突っついてくる花梨さん。


 ああ。

 どうしよう……


 そうだ! 

 ボクは一人前の男になると決意したんだ。

 こんなことでうじうじ思い悩んではいけないんだ。

 

 ――男ならバーンと――


 その言葉が神からの啓示ようにボクの頭に舞い降りて、その瞬間に開けてしまっていた。


 教室のドアを。


 バーンと。 


 教室中の視線が一気に集まり、ボクは後悔した。

 それが花梨さんが苦し紛れに言ったコトバだということに今さら気付いたけれど、まさに覆水盆に返らずなのだ。


「はぁー? あんたマジでバーンって……」


 背後から花梨さんの焦った感じの声が聞こえてくる中、ボクは教室へと一歩を踏み出す。 


「しゅ、出席番号三十八番 夢見沢祥太! ち、遅刻して来ましたぁー!」


 その場の勢いというのは恐ろしいもので、ボクは背筋を伸ばして軍隊のように挨拶をした。少し噛んじゃったけど……


「おお、お、おなじく……鮫嶋カリィ――――」


 ボクが注目を浴びているうちにコソコソと入ると言っていたはずの花梨さんまで、勢いに圧されて堂々と挨拶をし始めた。

 ところが、足下のちょっとした段差に蹴躓いたらしく、コツンという音と短い悲鳴が聞こえた次の瞬間――


 どんがらがっしゃーんという擬音がぴったりな感じで派手に転んだのだ。ボクを巻き込んでね。


 まるでラグビーボールを持った選手の足下にタックルをするように、彼女はボクの足にしがみつき、ボクはビターンと顔から床に倒れた。

 彼女のカバンの中身が派手に飛び散り、ボクの頭の上にも降り注いだ。


 そう……鮫嶋花梨は緊張すると派手に転んでしまうというドジっ子属性の持ち主だったんだ。  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る