参上!男漁りの鮫嶋花梨(結)

「ふーん、それがあんたの名前なのね。分かったわ! よろしくねショタ君!」


 花梨かりんさんはボクの肩をポンポン叩きながら笑った。 

 その屈託のない笑顔に、ボクの心はほんわかと暖かく――なるはずもなく!


「ショタじゃなくて、ショウタだってば! キミわざと間違えてるの?」


「あー、ごめんごめん。カリンはずっとあんたのことをオンナ男って命名していたから、今さら本名を名乗られても困るのよねー」


「え、そこは頑張って覚えようよ鮫嶋花梨さん……って、さっきから気になっていたんだけど〝オンナ男〟って何なの?」


「あー、ごめんごめん嫌だった? でもほら、あんたって全然男らしさがないっていうか、見た目が女じゃん?」


「み、見た目が女ぁぁぁーっ!?」


 思わず大きな声を出してしまったボクは慌てて口を押さえたけれど、玄関前には誰もいなかったので少し安心した。


「だってそうじゃん。肌は女の子みたいに真っ白だし、くりっとした目に長いまつげだし、首はすらっと細くて長いし、腕も足も細くて全然筋肉が付いていないし!」


 花梨かりんさんはいちいち指さし確認をするように、ぐいぐいボクに迫ってくる。彼女の迫力に負けたボクは、じりじりと後ろに下がっていく。


「――それに、あんた背が低いし!」


 トドメの一撃が弓矢のようにボクの小さな胸に突き刺さる。

 だけど、言われっぱなしは嫌だ!


「せっ……背の低さに関してはキミも同じくらいじゃないか! ほら、若干ボクの方が高いかも! ほらほら見てよ、ねえ!」


「あっ……」


 背筋をピンと立てて手で身長を測るような仕草で訴えかける。

 すると彼女は少し困ったような表情で横に視線を逸らした。

 その様子を見て、ようやく二人が互いの息がかかる程の距離まで顔が寄っていることに気づく。


 女の子の顔を間近で見るということは、こんなにもドキドキするものなのか。

 生まれて初めての感覚に、ボクはひどく動揺してしまった。


「ご、ごめんなさい……」


「べ、別にカリンは何とも思わないからいいのよ……」


 どちらからともなく背を向け合って、空を見上げる小さな二人。

 

 このときボクは、姉と二人きりで過ごしているときにも感じたことのない、ふわふわしたような不思議な感覚を味わっていた。

 

「ねえ、あんたはカリンのことどう思う?」


「えっ……」


 振り向くと、彼女は胸の前で両手の指を絡めてモジモジ動かしていた。

 うつむきかげんなのでボブカット前髪に隠れて表情はよく見えない。


「カリンは可愛い……かな?」


 口を少し尖らせて、モジモジしながら上目遣いで尋ねてきた。


「はへ!?」


 いきなり頭がパニック状態になってしまうボク。

 

 だって、いきなり目の前の女の子がモジモジしながらそんなことを訊いてくるなんて初めての経験なんだよ? パニックになってもおかしくないよね?


 でも、ボクは一人前の男になるためにこの高校を選んだんだ。

 女の子に訊かれたことは誠意をもってキチンと答えるのが一人前の男だよね!  


「八十点かな」


「……は?」


「ボクの姉の可愛らしさを百点だとすると、キミは八十点――」


 採点基準を詳しく説明しようとしていたら、花梨かりんさんは地べたに置いてあった肩掛けカバンを両手で頭の高さまで持ち上げた。


「え? あれ? なんか誤解していないかな? ボクの姉は国宝レベルの可愛らしさだから、八十点という点数は……えっと、えっと――」


「このシスコン男がぁー!!」


 ボクの頭に肩掛けカバンが振り下ろされたけれど、幸いにしてカバンの中身はスカスカで痛くはなかった。どうやら彼女が振り上げた拍子に中身のペンケースや本類などは全部飛び散ってしまっていたようだ。


 あわわっと慌てて地べたに散乱した中身をかき集める花梨かりんさん。

 ボクもあたふたと手伝いながら言い訳を試みる。

 

「えっと……ボクは姉のことは大好きだけど、シスコンとかではなくてね……」


「カリンに近寄らないでくれるかなー? シスコンのショタ君!」


 ボクのあだ名が少し長くなっていた。

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