「ぼくのかぞく。」(中編)

 貝殻で『SHOCHAN』と書かれたネームプレートが掛けられているドア。

 私はその部屋の主に気付かれないよう、細心の注意を払ってドアを開ける。

 寝るのが早いしょうちゃんは、この時間にはすっかり夢の中にいるはずだから、起こしたら可哀想だもの……うふっ。

 図らずもニヤけ顔になってしまっている私は、だらしなく開かれた口を押さえながらしょうちゃんの部屋へと侵入する……じゅるり。


 カーテンの隙間から入ってくる街の明かりを頼りに、抜き足差し足忍び足でベッドの方へと忍び寄る。そして、ベッドの脇に膝立ちになり、そっとのぞき込む。


 さらさらの羽毛布団がふっくらと盛り上がり、その中に包まれる天使の体を想像するだけで、できることならこのままずっと朝まで眺めていたいという衝動に駆られる。でも、それではまるで変質者。

 私は意を決して、さらさらな羽毛布団をそっと持ち上げ、天使の寝姿を礼拝するのだ。


「――ッ!?」


 そこにあったのは、ふかふかなパステルオレンジの大っきな枕と、ピンクのウサギの抱き枕だけ。

 本人がいないのだから、私の抱き枕に天使の寝息など聞こえてくる訳がなかったのだ。


しょうちゃんはどこ!?」


 私は部屋の中をくまなく探し回る。クローゼットの中はもちろん、机の引き出しや小物入れの中まで全部だ。

 けれど、しょうちゃんの姿はどこにもなかった。

 もちろんトイレの照明が付いていないことも確認済みだ。


 どくん――


 心臓が激しく鼓動し、息が苦しくなってくる。

 



「ねえ喜多ぁー! しょうちゃんが部屋にもトイレにもいないのよ!」


 大急ぎで自分の部屋に戻った私は、壁をどんどん叩きながら、隣の隠し部屋にいる喜多に助けを求めた。

 すると、壁の向こう側からゴトゴトと物音がしたと思った次の瞬間には、天井の一部がガコッと外れて、タオルを頭に巻いた彼女が頭を出した。

 彼女は私たち姉弟の温泉遊びに乱入してきて、その後も一人でたっぷりと時間を掛けて浴槽に浸かっていたものだからすっかり湯だってしまっていたのだ。


「ショウタ様ですか? ふぅー、しばらくお待ちを……」


 そう言い残して、去って行く喜多。

 天井裏を音もなく移動するのは、くノ一出身の彼女にとって大切な修行の一つなのらしい。

 そうこうしているうちに、再びにゅっと顔を見せる喜多。


「ショウタ様は一階のリビングにいらっしゃいました……」


「ふぇっ、そうなの?」


「はい。明かりも点けず真っ暗な部屋にお一人、テレビをご覧になっておいででした……」


しょうちゃんが、真っ暗な場所で、テレビ画面を一人隠れて観ている……?」


 じゅるり。


 私は彼女の報告をゆっくりと反芻はんすうするのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る