「ぼくのかぞく。」(前編)

 「ぼくのかぞく。」

               三ねん二くみ 夢見沢しょうた


 ぼくのおねえちゃんはとても頭がいいです。そして天才です。おねえちゃんは、頭がいい人ばかりがいる小学校の五年生で、テストではいつも100点をとっています。ぼくは落ちました。

 おねえちゃんはとてもやさしいです。ぼくがきらいな野さいを全ぶ食べてくれるし、お肉がかたいときはこまかくかんで食べさせてくれます。ぼくのしゅくだいも全ぶやってくれます。

 ぼくの家はたんていをやっています。こまった人たちが来ると、パパとママはいっしょうけんめいはたらいて、えがおにするしごとです。ぼくはえらいなあと思いました。

 ぼくはかぞくが大すきです。いつまでもいっしょにいたいです。だからぼくはしょうらい――――

 


「あーっ、尊い。しょうちゃんマジ天使だよー」


 しょうちゃんの作文を抱き締めて、ベッドの上で悶絶している私。ラミネートの中に永久保存版となったしょうちゃん直筆の作文用紙は、最後の方が少し破れて読めなくなっているけれど、これは私の宝物なのだ。


 就寝前のルーティーンを終え、大切な宝物たちをそれぞれの場所へ戻していると、壁の向こう側からゴトゴトと音が鳴っていることに気が付いた。


「ねえ喜多、こんな時間に音を立てて何しているの? しょうちゃんに貴女がそこに住んでいることを気付かれたら、私困るんですけどっ!」


 コンコンと壁をノックしながら壁に向かって呼びかける。


 私の部屋の隣には隠し部屋があって、喜多はそこを生活拠点としている。そのことをしょうちゃんに知られると、私たちのラブラブ二人暮らしという設定が崩れてしまうのだ。 


 ふうーっ、何とか通じたみたいね。


 静かになったのを確認して、ウサギの抱き枕のスイッチを入れる。

 実はこれ、中身の装置を新しく新調したニューバージョン。

 お父さんの部下に命じて、以前のよりも高性能なマイクとスピーカーを内蔵したハイレゾ仕様なの。


 口止め料込みの費用は豪華客船で日本一周の旅を三周半できるほどにかかったけれど、お金は天下の回り物。そのうち私のところに戻ってくる。でも、日々成長中のしょうちゃんの今日という日は二度とは戻ってこない。


 つまり、これはプライスレスなの。

 

しょうちゃーん、今夜もお姉ちゃんと一緒に寝ましょうねー」


 抱き枕を抱えたまま私はベッドへ飛び込んだ。

 耳をウツギの頭に押しつける。

 そこから天使の寝息が……


 …………。


 ……変ね。何も音が聞こえてこない。

 あれだけ大金をはたいたというのに、これ不良品?

 ううん、金額の大小は関係ないのだったわ!


「ねえ喜多、これ全然音が鳴らないんだけど……」


 壁をノックしようとした私は、寸前のところで思い止まった。

 彼女に相談したところで盗聴――もとい音声伝達装置の不具合を解消する手立ては見つからないだろう。せいぜい、明日の朝一番に父の部下のところまで運ばせるぐらいしか役立たない。彼女は私と同じぐらいに機械音痴なのだから。


 ああ……今日もまた悶々とした夜を過ごすことになるの?

 何という不幸。


「ううん、だめだめ! すぐに諦めてどうするの! どんなことがあっても諦めないのが夢見沢楓の真骨頂しんこっちょうでしょう!」


 私はベッドから起き上がり、ウサギの抱き枕に回した手をぎゅっと握りしめた。

 

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