ようこそ!お姉ちゃん温泉へ(7)

 艶やかな黒髪を頭の上で縛った姉は、上目遣いでボクの顔を見ていた。でも、ボクと目が合うと慌てたように視線を外し、鼻までお湯に浸かってぶくぶくと鼻から息を吐き始める。その頬は熟れたプラムのように真っ赤に染まっていた。



 そっか…… お姉ちゃんは…… 

 お姉ちゃんも…… 照れているんだ……



 ボクは一人恥ずかしさのあまり風呂から飛び出しそうになっていたけれど、それは姉も同じだったんだ。

 先ほどからの姉の変なテンションも、ちょっぴり変な行動も、すべては姉なりの照れ隠しだったんだ。


 その真実にたどり着いたボクは、ようやく落ち着きを取り戻す。ただし、それはぶくぶくと泡をたてる潜水艦が浮上するまでの、ほんの僅かな時間に過ぎなかったのだけれど――


「あのね、しょうちゃん……お姉ちゃんはね、しょうちゃんに裸を見られても全然平気なんだよ? ううん、むしろ見て欲しいんだよっ!」


「はうっ!? なぜ今それを言うのかな? ボク、やっと心が落ち着いてきたのにぃーっ!」


「お姉ちゃんはね、しょうちゃんがどうしてもと言うから、本当はマナー違反なのにこうしてタオルを巻いているの! でも……姉弟で裸を見せ合うことって、そんなに恥ずかしいことなのかな? 昔の私たちは普通に裸ん坊でお風呂に入っていたじゃない!」


「ボクの抗議をスルーした? そしてまさかの昔話!? それ、ボクが小学生の時の話だよね。お姉ちゃんが中学生になってからはボクたち一度も一緒に入っていないよね?」


 ぶくぶくぶくぶく……


 潜水艦は再び温泉の海へと沈んでいく。


 昔の記憶を辿ってみると、姉は中学生になってからもボクをお風呂に誘うことはあったけれど、その度に母に叱られていたんだ。当時のボクは知る由もなかったことだけれど、きっとそれは姉の身体が女の子らしく変化していく時期に入っていたからだと思う。


 そして、今やご覧の有様ありさまである。

 那須温泉の素が溶け込んだ白濁湯の中に浸かる姉の身体は、通常サイズのバスタオルでは隠しきれないほどの――えっと……そう、破壊力をもっている!


 そんなことを考えていると、ボクの顔がますます火照ってきてしまった。ずっとお湯に浸かりっぱなしの姉の身体もピンク色に染まっているし……


 ボクたち姉弟にタイムリミットが迫っていた。


「よし! じゃあボクも入るからね!」


「あっ、うん……ウエルカム・マイ・ダーリン」


 名門星埜守ほしのもり高校において常に学年トップの成績を誇る姉が、カタカナ英語で痛恨の言い間違えをした。それほどまで気が動転しているということだろう。 


 ゴクリ。

 

 ボクは姉の足を踏まないようにお湯の中をのぞき込むが、濃い白濁湯なので中が全く見えなかった。

 姉の足を踏まないようにゆっくりと左足を入れていくと、突然姉が声をかけてくる。


「あっ、向かい合わせに入っちゃうの?」


「えっ」


「背中を向けて入らないの……かな?」


 確かに、向かい合わせだと恥ずかしいかも。

 本当に姉の言うことはいつも正しいな。


 ボクはくるっと向きを変えて、姉に背中を向けて体育座りのように膝を抱えて腰を下ろす。

 ボクの脇腹に姉の太ももの内側が当たっていることはなるべく意識しないようにしている。


「ふうーっ、極楽極楽だぁー!」


 不純な気分を一蹴するようにタイルの壁面に向かって声を出す。

 でも、ボクのそんな小さな抵抗は無駄に終わる。

 姉の手がするりとボクの首元に滑り込み、後ろから抱きつかれてしまったのだから。

 そして、耳元に吹き付けられる熱い吐息――


「お姉ちゃんのカラダを椅子代わりに使っていいんだよ?」


「ふぁーっ!?」


 耳元でささやかれるその言葉に、ボクは変な声を上げることしかできなかった。


 もうダメだ! お姉ちゃんは知らないかもしれないけれど、ボクはもう子どもじゃないんだ! そんなことをされたら……ボクだって!


 ボクは天に向かって懺悔する。どうか不純なことを想像してしまうボクをお許しください――


 そのとき、扉がガラリと開いて救世主が現れたんだ。



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