お姉ちゃんの寝癖(中編)

 パパの顔は全体的に丸みを帯びていて目がぱっちり開いている、いわゆる童顔だけれど、イケメンな顔立ちであることは否定できない。

 彼は探偵という仕事柄、人目につく服装を避けるためにサラリーマン風の紺色のストライプ柄スーツをいつも着ている。ただ、残念なことに袖と足下がだぶついてしまっているのだ。低身長ゆえに。


「うれしいな、パパと朝からおしゃべりをできるなんて何年ぶりかな?」

「ごめんなー、祥太しょうた。パパもたまにはこうして家に帰りたいと思っているんだが、いろいろあってなぁー……」

「いろいろあるの!?」

「そう、いろいろあるんだ。祥太には詳しくは言えないことなのだけれど……」


 一見、しょうちゃんの質問に答えている素振そぶりをみせながらも、チラッと私に視線を向けてくるパパ。

 まるで私の企みなど、全部お見通しとでも言いたげな表情に見えてくる。

 でも、それはきっと私の深読みのし過ぎなのだ。

 

 しょうちゃんに変顔をして見せて、ケタケタ笑わせているパパの姿は子煩悩で、まさに親バカそのものなのだ。


「あはははは、パパぁ、ボクお腹がよじれて苦しいから止めてよ、ブッ、あははははは」

「いいじゃないか、親子でこうして笑い合うのも久しぶりなんだからー、ほれっ!」

「ブー、はあぁぁぁー、く、苦しいぃぃぃー!」


 パパの渾身の変顔に、お腹を抱えて大笑いするしょうちゃん。

 赤ちゃんのころから、どんなにクズっていてもパパの変顔を見せられると笑っていた。

 それは大きくなった今でも変わらないようだ。


「……しょうちゃん。……パパの変顔がそんなに面白いの?」

「あははは、うん面白いよ。お姉ちゃんは面白くないの?」

「私は……」


 しょうちゃんがきょとんとした顔を向けてくる。

 その対面に座っているパパまでが同じような顔を向けてくる。


 そう、二人は見た目がそっくりなのだ。

 中身は全く正反対なのだけれど。

 片や天使、片やセクハラ中年オヤジなのだから。


「カエデちゃんも昔は大笑いしてくれたもんだけどなー」

「わ、私が!?」

「そうだよー。カエデちゃんがあまりにも喜んでくれるものだから、パパ調子に乗っちゃってなー。あまりにも熱心にしていたもんだから、ママが嫉妬しちゃってなー」

「嘘でしょ!? この私が? 信じられない!」

「嘘なんかじゃないよー、なあシノブ! キミも知っているよな?」


 そう言ってキッチンの流しの方に視線を送るパパ。


「ハッ!? 喜多、いたの!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう私。

 だって、今の今までキッチンに喜多がいたことに気付かなかったんだもの。

 彼女はまるでロボットのような動きでこちらに顔を向け、ニッと笑い。


「お嬢様、いまお食事をお持ち致しますのデス」


 などと文脈の欠片も感じられない返答をしつつ。

 どんがらガッシャーンと、盛大にけたのだ。


 喜多志乃吹しのぶ、三十一歳独身。

 伊賀忍者の末裔であり夢見沢家のスーパー家政婦でもある彼女は、パパの前ではただのドジっ娘家政婦に変貌してしまう残念な人なのだ。

 

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