迫り来るナ・ニ・カ(後編)
「これ、おみやげでございます」
喜多が小さな紙袋を差し出してきた。
話を聞いてみると、彼女は今朝の引退宣言を撤回しに父の事務所に行き、そのときの話の流れで里帰りをして先ほど帰ってきたということらしい。
「喜多さんの故郷って、どこなの?」
「三重県でございます」
「み、三重まで日帰りで行ってきたの!?」
「はい。新幹線を使っても片道5時間でございます。帰りはバスを使ったので9時間かかりました」
「それでこんな時間になっちゃったんだね……」
「ちなみに三重県に隣接する滋賀県には宿敵の一族が棲息しております」
「……あれ、ボクたち今、何の話をしているんだっけ?」
「私のお土産の話でございます」
「そ、そうだよね……」
喜多は本当に不思議な人だ。突然現れたと思ったら、いつの間にかいなくなったり。
こうして話をしていても、いつの間にか何の話をしていたのかが分からなくなったりする。
「もしかして……喜多さんはこれをボクに渡すために、わざわざウチに寄ってくれたの?」
「はい。ショウタ様の喜ぶ顔を想像したら、今すぐにでもお渡ししたいと、いても立ってもいられなくなりました。あの、……真夜中に起こしてしまい申し訳ありません」
「ううん、いいんだよ。ちょっとビックリしたけど、喜多さんの気持ちはすごく嬉しいよ」
「ううっ、ショウタ様ならそう言っていただけると喜多は信じておりました」
そう言いながらボクのベッドの上で、よよよという感じの仕草で着物の袖で涙を拭う振りをする喜多。
どうしてそれが振りだと分かったかというと……
「では、さっそく中を開けてみてください」
「えっ、あっ、うん」
けろっとした顔で土産物を指さしてきたからだ。
ボクは彼女の変わり身の早さに戸惑いながら、『伊賀の里』というシールが貼られた小さな紙袋を開けた。
中には紫とピンクの糸で編まれた
「わー、きれいなひもだね。ありがとう喜多さん」
「うふふ、私の故郷は
「へえー、そうなんだ。あれっ、伊賀の里ってあの忍――――ハッ!?」
喜多が突然、手を握って来たので話の途中で言葉に詰まってしまうボク。喜多は目にもとまらぬ早さで紐を左手首に巻き付けてきた。
一見、リボン結びのように見えるのだけれど、もの凄く頑丈に結ばれてしまったから簡単には外れそうにない。
「これを肌身離さず付けておいてください。さすれば必ずや願いが
「……あっ、うん、そうなんだ。……じゃあ何の願い事をしようかな……」
「あ、ショウタ様は考えなくて大丈夫ですよ。もう故郷の社殿にて願掛けは済ませていますので!」
「えっ、そうなの? えっと……どんな願い事かな?」
「それは秘密です!」
「ええっ!?」
「うふふ、じつは私もショウタ様とおそろいの物を付けているのですよ」
喜多は着物の袖をチラリとめくってみせた。少し日焼けした茶色い手首には、確かにボクと同じ組紐が結びつけてあった。
「じゃあじゃあ、喜多さんのそれはどんな願いごとをしたの?」
「うふっ、お分かりになりませんか?」
そう言って、ボクの目をじっと見つめながら微笑む喜多。
どこか頼りなげな面が残る姉の可愛らしさとは違って、喜多は完全に大人の女性であり、落ち着いた雰囲気を
ボクはごくりと生唾を飲み込む。
すると、彼女はまるでボクの反応を楽しむかのように微笑みを浮かべ、言葉をつなげていく。
「これ、二つで一つの組紐から作ったミサンガなのです。だ・か・ら、願い事も二つで一つなのですよ」
「…………?」
「いいですか、ショウタ様! 絶対にこれを外してはいけませんよ? そうすれば必ずや叶うのです。私の願い事が!」
「ええっ!? 喜多さんの願いが叶うの? ボクのじゃなくて?」
本当に喜多さんは不思議な人なんだ。
すっかりボクの願い事を叶えるためのお土産だと思っていたけれど、これは彼女の願い事を叶えるためだったなんて。
ボクは夜中だというのに思わず声を出して笑ってしまった。
▽
ハッ!
お姉ちゃんセンサーがビビッと反応して目を覚ました私。
もしかして
だったらうれしいな。
抱き枕に染み込んだお姉ちゃんの香りに包まれて、どんな夢をみているんだろうか。
「んふーっ、
そして、息を深く吸い込む。
「うーん、
ベッドの上で悶える私。
そして今度はウサギの顔に耳を当てる。
実はこの部分には小型送受信機が取り付けてある。
「…………」
おかしい。
音がしない。
そういえば、さっきの
「もしかして壊れちゃったの? うーん、どうしよう……」
私はすでに
夢見沢
「ハッ、そうだ!」
私は机上に置いていたラジオ受信機を枕元に運ぶ。
周波数を合わせ、ボリュームを最大にする。
実はこれ、
これで、何とか
「………」
無反応だった。
「何がどうなっているのよー!」
頭を抱える私。
神様、何も悪いことはしていない私に、どうしてこのような試練をお与えになるのですか――
翌朝、私は人生初の朝寝坊というものを体験することになるのであった。
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