迫り来るナ・ニ・カ(前編)

 夜中にふと目を覚ますと、背後に何かがいる気配を感じた。

 その何かはかすかに床をこするような音をさせ、ボクの部屋を動き回っているのだ。


(お、お化け……?)


 そう考え始めたら、背筋がぞくぞくとして、全身に鳥肌が立ってしまった。

 身体が硬直して動かない。

 もし、後ろを振り向いたとたんにお化けと目が合ってしまったら……ボクの小さな心臓はその瞬間に動きを止めてしまうだろう。


 何かは部屋をうろうろと歩き回り、窓際にあるボクの机のあたりで立ち止まったようだ。

 机の引き出しを開けて、ごそごそ音を立てている。

 

(お化けじゃない? ど、泥棒……?)


 他人の部屋に侵入して、引き出しの中を物色するお化けなんているわけがないよね。


 ホッとしたと同時に、今度は冷や汗をかき始めるボク。

 もし相手が本当に泥棒で、ボクが起きていることに感づかれたりしたら、包丁で刺されてしまうかも知れない。

 怖いけれど、このまま寝たふりをしているしかない。

 ゴクリとつばを飲み込むボク。


 ボクの部屋には泥棒が喜ぶような高価な物はほとんどない。

 机の上に置いてあるウサギの貯金箱ぐらいのものだ。

 中身は五百円玉で二万円ぐらいだろうか。

 ちょっと惜しいけれど、それで満足して出て行ってくれるなら……


 しかし、一向に部屋を出て行く気配を見せない泥棒。

 それどころか、ベッドのすぐ脇まで近づいてきて、ボクの顔をのぞき込むような気配がした。


 怖い。

 でも、目を開けたら最後だ!

 ウサギの抱き枕をギッュと抱きしめて耐えるボク。


 一方、なぜか泥棒の息づかいは少しずつ荒くなってきて、ボクの頬に滴が垂れた。

 びっくりして思わず身体が反応してしまったけれど、幸いにして泥棒には気付かれなかったみたい。


 ああ…… 神様……

 どうか泥棒がボクの部屋から出て行くようにお導きください。





 ……ボクの部屋から!?



 

 何を考えているんだボクは。

 泥棒がボクの部屋を出て行ったその先には――


 姉の部屋があるんだ!


 ウサギの抱き枕を掴む手に力が入る。

 心臓がいよいよ破裂しそうな勢いで激しく鼓動し始める。


 ボクがここで頑張らないと、姉の命が危ない。

 

 動け。

 目を開けろ。

 泥棒を睨み上げろ。

 動け。

 

 怖い。


 身体が金縛りにあったように硬直している。


 ああ…… 神様……

 ボクに勇気を下さい。

 姉を守るための、ただ一度きりの勇気を――


 泥棒の息づかいは更に荒くなってきた。

 泥棒は何かに興奮しているのかもしれない。

 何に!?


 人を殺すことに!?


 もしかして……


(相手は泥棒なんかじゃなくて……殺人鬼!?)


 事態は最悪だった。

 殺人鬼相手に寝たふりなんか、まるで逆効果じゃないか。

 

 怖い。

 動いた途端にボクは殺されるんだ。

 痛いのは嫌だ。




 でも――




(お姉ちゃんだけでも助けたい!)


  


 その瞬間、身体を縛り付けていた何かが外れ、ボクは襲い来る殺人鬼に対峙した。

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