サクラ咲く
卒業式が終わった。
中学生活最後の学活を終え、生徒たちは教室や廊下で仲間との別れを惜しむように卒業アルバムに寄せ書きを書き合ったり、記念写真を撮ったりしている。
この日ばかりは、卒業式後に親からデジカメやスマホを借りて記念写真を撮ることが黙認されているんだ。
でも、そもそもボクなんかと一緒に写真を撮ろうとする人はいない。
なぜかみんなチラチラと視線を送ってくるのだけれど、ボクと視線が合いそうになるとさっと外される。
あーあ、何となく教室に残ってみたものの失敗失敗。
結局、自分がボッチであることを再確認しただけだったな。
最後の最後で、何か思い出になる出来事がつくれるかもしれない。
そんな淡い想いは音もなく崩れ落ちていく。
よし、帰ろう!
机に広げていた卒業アルバムを閉じ、カバンに入れる。
そしてボクはできるだけ自然な感じで立ち上がる。
その時、背後から声がした。
「夢見沢君も一緒に撮ろうよ」
「えっ!?」
振り向くと、田中君がスマートフォンを持って立っていた。
「えっと……ボクと写真を?」
「そうだよ。僕たちいろいろあったけどさ……最後ぐらいは笑顔でお別れしたいじゃないか!」
「あっ……う、うん。そうだね」
田中君は比較的大人しいグループのリーダー格。
そしてクリスマスパーティーに呼んでくれたのに当日の朝に怯えた声でドタキャンの電話をかけてきた人である。
そんな彼の仲間たちが遠巻きに見ている中、二人で写真を撮った。
画面に写るボクたちの表情はすこしぎこちなかった。
「あ、夢見沢君のでも撮ろうか?」
「ううん、ボクはスマホを持ってこなかったから……」
「あ、そうなんだ。じゃあ、後でメールで送――」
そう言ったっきり、田中君は目を見開いたまま固まってしまった。
まるで何か怖い体験を思い出してしまったかのように。
▽
ちっちゃくて可愛い夢見沢君。
男の僕でさえ、思わず見とれてしまうほどに可愛らしい夢見沢君。
クラスの中で、夢見沢君が嫌いな人はいないはず。
そりゃあ、彼の家はお金持ちで、住み込みのお手伝いさんまでいる豪邸。
だから、一般庶民の僕らとは住んでいる世界が違いすぎるんだけれど、彼はそんなことを一切感じさせない、気さくな性格の持ち主なんだ。
それなのに、クラスの皆は彼と距離を置いている。
なぜなら、この学校にまん延するウワサがあるからだ。
――夢見沢君に近づく者は不幸になる――
そのウワサが真実だと思い知らされたのはクリスマスイブの朝だ。
僕は仲間の反対を押し切って、夢見沢君をクリスマスパーティーに誘った。
そんなウワサなど信じないと、格好を付けたかったんだ。
ある意味、僕はボッチの彼を利用しようとしたのかも知れない。
そんな
クリスマスイブの朝、恐ろしい事件が起こった。
二階の僕の部屋の窓ガラスが突然割れた。
それはベッドから立ち上がった直後の出来事だった。
ベッドに散らばる鋭くとがったガラスの破片に
もし起きるのがもう少し遅かったら、僕は死んでいたかもしれない。
そして、壁に突き刺さった弓矢の矢。
棒の部分には紙を結んだ何かが刺さってた。
恐る恐る、その紙を開いてみると、和紙に達筆な毛筆で文字が書かれていた。
――今日のパーティーを中止せよ。さもなければ誰かが大変なことになる――
その瞬間、僕は悟ったんだ。
あのウワサの真相を。
ああ、夢見沢君……
君は何かとてつもない巨大な組織に狙われているんじゃないだろうか?
あの日、住宅リフォームの無料モニターに当選して僕の部屋は豪華に生まれ変わったり、最高級なベッドが懸賞で当たったりしたことは偶然じゃないと思う。
あれは、きっと、巨大な謎の組織による口止め料なのだろう。
ああ、夢見沢君……
僕は君と友達になりたかったけれど、命を
真実は友達にも言えない。
もちろん、君自身にも……
▽
田中君はハッと我に返ったようにボクから視線を外した。
そして、カバンを抱えて走り去っていった。
それに続く田中君の仲間たち。
それを皮切りに、他の人たちもボクの顔をちらちら振り返りながら、一斉に教室を出ていく。
みんなボクから逃げるように。
「ごめんね、みんな。ボクが先に出ていくべきだったんだ……」
涙は出てこない。
もう、慣れっこだから。
廊下では他クラスの生徒たちが和気あいあいと打ち上げ会の相談をしている。
その傍を一人で通過していくボッチのボク。
途中で幾人かの先生と会ったけれど、うつむいてとぼとぼと歩くボクなんかに声をかけてくる先生はいなかった。
下駄箱から運動靴を取り出し、脱いだ上履きを入れそうになって気づく。
「あっ、もう上履きを入れなくていいんだ……」
上履きをカバンに放り込んだ瞬間、じわりと涙が出てきた。
慌てて制服の袖でふき取り、ボクは薄暗い玄関から明るい外へ出る。
正門前にある桜のつぼみはまだ固く、まるでモノクロームな風景。
その中に一点、光り輝くカーキ色の制服に身を包む女性がボクの目に飛び込んできた。
「お、お姉ちゃん!?」
卒業式に参列していた母ではなく、桜の木の下に姉が立っていた。
ボクは人をかき分け、走り出した。
姉は手を広げ、女神の微笑でボクを受け止めてくれた。
「
姉に抱きしめられたとたんに、ボクの精神はお花畑にトリップする。
ああ、嫌なこともこの瞬間にすべて忘れられるんだ。
「あ、そういえばママはもう帰っちゃったのかな?」
「ママはお仕事が忙しい人だから……
ボクは姉からスマホを受け取る。
本当はボクだってクラスの人たちと一緒にたくさん写真を撮りたかった。
でも、いざとなったら怖気づいてしまい、母に預けていたままだったんだ。
「ね、
ボクたちは、それぞれのスマホで写真を撮りまくった。
姉は本当に楽しそうで、ボクも自然と笑顔になれる。
二百枚ぐらい撮り終わったころ、気付くと周りには誰もいなくなっていた。
それでも、ボクはシャッターを押しまくる。
三年間の寂しい思い出を上書きするように、ボクと姉とのツーショットを撮りまくっていたのだ。
「夢見沢くーん!」
正門の方から走って来る田中君。
荷物はどこかに置いてきたのだろうか、手にはスマホだけを持っていた。
ボクたち姉弟の間近まで来て、ゼーゼーと肩で息をしている。
彼の首筋は汗でびっしょり濡れていた。
「今夜、僕たち打ち上げ会をやるんだけれど、ゴメン! やっぱり君のことは誘えないよ……」
「えっ!? そんなことをわざわざボクに言いに来たの!?」
あ然とするボク。
そんなボクの顔をしっかりと見つめ、スマホをかざす田中君。
「でも、せめて写真ぐらいは思い出に残しておこうよ、夢見沢君!」
「あっ、う、うん。そうだね! そうしよう!」
スマートフォンのデータ通信機能を利用して写真がボクのスマホに転送されてきた。
ちょっとぎこちない二人の笑顔だけれど。
「じゃ、さよなら夢見沢君! お互い頑張ろう!」
手を振りながら、爽やかな笑顔で走り去る田中君。
彼が道の向こうに見えなくなるまで、ボクも手を振った。
「ふーん、この子が田中君かぁ……ふーん……」
ボクのスマホに表示されている写真をまじまじと見つめる姉。
「んふーっ、
姉は頬を桜色に染めて微笑んだ。
桜の開花予想よりも一足早く、ボクは綺麗な桜を見ることができた。
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