ボクの独立宣言・リターンズ
ボクの目の前で、両膝立ちになった姉が、胸の前で手を組んで目を閉じている。
窓から差し込む、やわらかな朝の日差しに包まれたその姿は、まるで西洋の神話に登場する女神様のよう。
あぁ……
ボクは今、奇跡の瞬間に立ち会っているのかも……
ボクたち姉弟は、時間を忘れて見つめ合っていた。
どのくらいの時間が経ったんだろうか。
姉がふと我に返ったような仕草をみせて、口を開いた。
「で、……
「えっ……」
「
「あっ……」
ボクもようやく我に返った。
姉はその間も、首を少し傾けたまま、女神のように微笑んでいた。
そう、ボクはこの世に生を受けて十五年間、ずっと姉の愛に包まれてきた。
いつもボクを優しい笑顔で見守ってくれていた。
でも。
これからは。
「お姉ちゃん!」
「えっ!? はっ、はい!」
ボクが声を張り上げたので、姉は驚いたように立ち上がった。
ボクは姉の目をまっすぐ見つめて。
「ボクは……夢見沢祥太は、本日をもってお姉ちゃんからの独立を宣言します!」
「…………」
姉の動きがピタリと止まる。
額から汗がにじみ出て滴となり、美しいラインの頬を伝って流れていく。
それはやがて石清水のように姉の胸元の膨らみに落ち、純白のシャツを濡らしていった。
こんなときでも、姉の姿は美しく完璧だった。
だからこそ、ボクは独立を宣言したのだ。
もう、このままではいられないと。
ごくりとツバを飲み込み、ボクが口を開こうとしたその時。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!?」
姉が口をあんぐりと開けて悲鳴まじりの声を上げ、頭を抱えてどたどたと部屋を歩き回り始めてしまった。
「お、お姉ちゃん、大丈夫!?」
「だいじょばないよぉぉぉぉぉー、うわーん!」
ボクが声をかければかけるほど、パニック状態がレベルアップされていく姉。
とうとう、叫びながら階段を上がって二階へ行ってしまった。
▽
ああ、私の
どうして、どうしてどうしてどうして?
私は部屋のドアを勢いよく開けて中に入る。
そして壁を叩く、叩く、叩く、叩く。
「喜多ァァァー、そこにいるんでしょう? 出てきなさい、喜多ァァァー!」
手が痛い。でも止められない。
朝、私よりも早く起床した
それは私も気付いていた。
私が身支度を調えて降りていくまでの十五分間に、
私と
純真な
家政婦の
「いけませんお嬢様! 指がつぶれてしまいますよ!」
思いっきり振りかぶった私の拳が壁を当たるその間際、私の右手首を掴んだ者がいた。
私は振り向きざまに、左手で彼女の頬を叩こうとするが、その手首までも掴まれてしまう。
喜多は夢見沢家に数多く存在する秘密の扉から抜け出して来ていたのだ。
なおも暴れようとする私を、喜多は
両手首を掴まれた私は、完全に身動きが取れなくなった。
「あなた、
「私は、私は何もしていませんよ! ただ進学先について相談を受けて、それに助言をしただけです。お嬢様も知っていましたよね、お坊ちゃまがずっと公立の男子高校を第一志望と考えていたことを!」
「知っていたけど! でも、
「大いに迷っていらっしゃいましたよ」
「それなら、私に相談してくれれば……」
「お嬢様に相談したら……どう返答なさいましたか?」
「うっ……」
そんなの決まってるじゃない。
『
そっか…… だから……
「祥太お坊ちゃまは既に十五歳。もう小さな子供ではないのです」
「ううっ……」
私の目から涙がじわりと吹き出そうとしたその刹那。
勢いよくドアが開かれた。
「そうさ、ボクはいつまでもお姉ちゃんに守られてばかりの子供じゃないんだ!」
胸の前でぎっと握りこぶしをつくる
「しょ、
「お坊ちゃま?」
呆気にとられて、目をパチクリする私と喜多。
そんな私たちの顔を交互に見ながら、
「ボクは喜多さんのアドバイスを受けて、そしてさっきのお姉ちゃんの様子を見て、覚悟を決めたんだ!」
それは
やめて…… もうそれ以上…… 言わないで……
「ボクは――」
やめて……
「一人前の男になるために――」
やめて……
「名門
…………えっ!?
「えええええええええええ――――ッ!?」
喜多と私の叫び声がシンクロした。
▽
ボクの気持ちをはっきりと伝えたら、少しはパニックが収まるかと思っていたけれど、もう収拾がつかないほどに暴れ回っている姉。
それに家政婦の
「お願い
「えっ、うん。ボクは星埜守高校へ行って、お姉ちゃんを守るんだ!」
「ううっ……」
「祥太お坊ちゃま、本当にそれでよろしいので!?」
「うん。ボクはもう迷わないよ、喜多さん!」
「ぐぬぬ……」
喜多は下唇をかみ、悔しそうに床に手をついた。
一方の姉はというと……
「お姉ちゃん、大・勝・利ィィィィィィ――――――ッ!」
ベッドの上に立ち上がり、両手を突き上げ叫んでいる。
高校では生徒会長として、才色兼備で完璧な姉。
でも、時にはこんな風にざんねんな感じになってしまう弱点もある姉。
その両方の姿を知っているボクだからこそ、できることがあるはずだ。
今度はボクが守る番だよ、お姉ちゃん。
ボクはすっかり昇りきった太陽に向かって決意した。
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