お姉ちゃんの勝負下着(後編)

 喜多の姿が消えたことにすっかり動揺してしまうボク。

 何とかその場を取りつくろうとするも、あわあわと口を動かすのが精一杯。

 そんなボクの反応をみて、姉がゆっくりと体を揺らしながら近寄ってくる。


「ねえ、しょうちゃん。どうして進路の相談を家政婦の喜多なんか・・・にしていたのかしら?」

「あわわ、えっと……」


 心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。

 姉の言うとおり、ボクは実の家族である姉を差し置いて、赤の他人である喜多にとても大切な相談をしてしまっていたのである。


 胸にチクリと痛みが走った。


 それにしても、姉の『喜多なんか・・・』という言い方にものすごく攻撃的な圧力を感じるのはボクの思い過ごしだろうか。


「あっ、でもお姉ちゃん! 喜多さんはボクらが幼い頃から世話になっている人だし……」

「……そうね。喜多は昔から本当によくやってくれているわね。今でもしょうちゃんの気をこうと、本当に――」


 ギラリと光る姉の眼光に気圧けおされてボクは後ずさりする。

 しかしすぐにダイニングテーブルに阻まれてしまい、姉との距離は徐々に縮まっていく。

 そして、ゆっくりとボクの耳元に口を寄せてくる。


「ねえ、喜多に何を言われたのかな? お姉ちゃんに全部話しなさい」


 それはいつもの小鳥のさえずりのような美しい声ではなく、おそらく姉の口から発せられる最も低い声。


「あ、あわわ……」


 言葉にならない。

 出していい言葉が見つからないんだ。


 至近距離から鋭い眼光を向けてくる姉に、ボクは頭の中まで見透かされているような気分になってしまう。


 だめだ!

 今の頭の中を覗かせては!


 だって、ボクの頭に浮かんでいるのは黒い下着を身につけた半裸姿の姉なんだもの。喜多に教えてもらった姉の勝負下着の情報が、こんな緊迫した場面なのに頭の中にこびりついて離れない。


「喜多に……何て言われたの……かな?」

「い、言えない!」

「……ふぇ!?」

「いくらお姉ちゃんにも、ううん、お姉ちゃんにだけは……言えない!」


「ふえぇぇぇー!?」


 姉は世界の終末をみた予言者のように驚きの声を上げてのけ反った。

 その瞬間、ボクの目は名門星埜守ほしのもり高校の制服の下に隠された二つの大きな膨らみに釘付けになっていた。



 ▽


 しょうちゃんが、私のしょうちゃんが、私だけの大切なしょうちゃんが―― 生まれて初めて、私に『NOノー』を突きつけた。


 あまりのショックに、私の身体は後ろにのけ反り、ブリッジの体勢になって固まっていた。チア部の助っ人を頼まれたときの経験がこんなときに役つなんて。おかげで床に頭を直撃させる大惨事を免れることができたのだった。


「しっ、白……」


 しょうちゃんの声――


 しろ?

 シロって言ったの?

 『しろ』って、何?


 周囲の大人たちが国宝級と賞賛する私の頭脳を、フル回転させて考える。

 その結果、はじき出された答えとは――


「いやん、しょうちゃん、エッチぃぃぃー!」


 私は咄嗟に開いていた股を閉じ、ドスンとお尻を床に付けてスカートの乱れを直す。

 しょうちゃんは『あわあわ』と慌てつつも『そうか、今日はボクとお出かけする日じゃないから』とかブツブツ言っている。


「しょ、しょうちゃん今、お姉ちゃんのパンツ見ちゃった?」

「み、みみ、見てないよ、お姉ちゃんの白いパンツ、ボクは見てないよ!」

「そっかー、んふーっ」


 両手で顔を隠して大慌てのしょうちゃん。

 可愛い…… 天使…… 尊い……


 しょうちゃんが私のパンツを見て顔を真っ赤にしている。

 それはつまり、私を性的対象と見ているということ?


 違う。

 この私、夢見沢かえでは曖昧な表現は許さない!


 しょうちゃんは私のパンツを性的対象とみている。

 それはある意味、生身を愛するよりも高等ハイレベルラブなの。



 ああ、神様――


 

 私は修道女のように、神に祈りを捧げた。

  

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