戦慄のバレンタインDAY!(前編)

 今日はバレンタインデーだけれど、ボクの通う中学校には不要物は持ち込み禁止というルールがあるので、とくに何事もなく学校生活が終わろうとしていた。


 ボクが下駄箱の扉を開けたその時までは――――

 

 履き古された白いスニーカーの奥に、可愛い柄の包装紙でラッピングされた包みが置かれていたのだ。


 回りに人がいないことを確かめてから何食わぬ顔でそれをカバンに入れる。

 カバンのチャックを閉める指先が震えている。

 そしてボクは、心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑えながら家路につく。



「あれれ? しょうちゃん……今日、学校で何か良いことでもあった?」

「うっ……ううん、何もないよ?」


 家に着くなり、姉はボクの異変に気がついた。

 ボクはうまく誤魔化したけれど、チクリと胸に痛みが走った。


「ふーん、そっか……しょうちゃん何にもないんだ……」


 姉の呟きを背中で聞き流し、二階へ上がっていく。

 自室に入るとすぐにカバンから包みを取り出し、机の引き出しにしまった。


 すぐに中身を開けたいという気持ちと、それを見たらもう夢から覚めてしまいそうで勿体ないという二つの気持ちがボクの中でせめぎ合っている。


 取りあえず……勉強しよう。


 私立の受験は終わったとはいうものの、ボクの第一志望は県立N高校であることには変わりないのだ。

 名門星埜守ほしのもり高校の受験は手応えはあり、その合格発表が明後日に迫っている訳だけれど、ボクが星高の制服に袖を通す日がくるなんて想像もできない大珍事なのだから。


 

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ…………



 いつもは気にもならない机上に置かれた時計の音が今日に限ってやけに気になる。それはイルカの絵が描かれた写真立てに付いている小さな時計。姉が修学旅行で沖縄に行ったときのお土産。


 どんなに気にしないようにしていても、結局ボクは引き出しの中が気になって仕方が無いのだ。


 やっぱり、開けてみようかな……


 そこでようやく、ボクには大事な視点がスッポリ抜け落ちていたことに気付く。

 この包みの送り主は誰なんだろう?


 クラスの女の子ではないよね。授業中に時々ボクのことをチラチラ見ている視線を感じることはあっても、誰一人まともに話したこともないし……


 二年生の後輩かな? 実際、廊下を歩いているときに、ふと視線が合う女の子は幾人か知っているけれど、ボクは彼女たちの名前すら知らないし……


 一年生かな? そういえば、図書委員の仕事を教えてあげた一年生の後輩が一人いる。その時の単なるお礼という可能性はゼロではないけれど……見つかったら先生に叱られるという危険を冒してまですることではないよね?

 

 ああ…… 気になる。

 中を開けてみればその答えは見つかるのだろうか。


 よし、開けてみよう!


 ボクの決心が固まったその瞬間、ドアをノックする音がした。

 心臓が口から飛び出しそうになった。


しょうちゃん、夕食の用意ができたから食べましょう!」

「あ、うん、今すぐ行くね!」


 そう答えたボクの声は裏返ってしまっていたけれど、姉は鼻歌を唄いながら階段を降りていった。


 

 食事が終わって、リビングのテレビの前で一息ついてから再び勉強机に向かうボク。

 いよいよ、その時がやってきた。

 もう勉強なんてどうでもいい。

 ボクは引き出しから包みを取り出し机上に置く。

 可愛い柄の包装紙に包まれ、赤いリボンでラッピングされた箱。

 学校で生まれて初めてもらったバレンタインデーの贈り物。


 あっ、そういえば今年は姉からのチョコレートはもらっていないな。

 いつもなら、朝一番に渡されるんだけれど。

 今年は忘れちゃったのかな?

 ちょっと残念だな。

 何しろ、姉の作る手作りチョコは銀座の銘店をも越える美味しさなんだ。

 最高級のカカオをベースに砂糖とトリュフを混ぜ込んだオリジナルブレンドのチョコは一口食べたらもうチョコレート王国へトリップしそうになるぐらいの美味しさなんだ。


 じゅるり……


 いけない!

 口元に垂れたヨダレを拭い取りは頭を振る。

 姉のチョコはないけれど、今年のボクにはこれがあるんだ!

 

 ボクは真っ赤なリボンの端を引っ張り、結び目を解く。

 可愛い包装紙に貼られたテープを爪の先で引っかけて、外していく。


「ふうー、いい湯だったわぁー」


 突然、背後から姉の声がして、驚いたボクはガタンと音を立てて立ち上がった。




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