お姉ちゃんと毛蟹(後編)
ボクの人差し指をパクッと咥えた姉は、ぬるっと第二関節を越えて指の根元まで吸い込んでいく。
それから少し顔を引いて第二関節まで戻してから、舌の上で転がすように傷口を舐めとっていく。
その生まれて初めての感触に、ボクは戸惑いを隠せずに変な声を上げてしまう。
「お、お姉ちゃん――!」
「んん……」
戸惑うボクの顔を確かめるように視線を上げた姉は、満足そうな笑みを浮かべて最後にチュパっと音をさせてボクの指を引き抜いた。
姉の柔らかな唇に指の先が触れた瞬間、ボクの身体に電気が走ったようにビクンとなった。
「消毒、完了よ♡」
姉は光悦な笑みを浮かべてそう宣言した。
でも、その数秒後には傷口から再び血がぷくっと出てきので、これ以上姉に迷惑をかけたくないボクは、今度は自分で処理しようと口を開けてパクッと咥えようとした。
「――ッ!!」
突然、姉が変な声を上げたので驚いて視線を移すと、姉は口を真一文字に結び荒い鼻息を吐きながらボクの指先をじっと見つめていた。
きっと、指の先から血が垂れそうになっているから心配しているんだ。
そう思ったボクは慌てて、まだ姉の口の中の感触が残る指先をぱくっと――しようとた寸前に、背後から伸びてきた何者かの手によって阻まれた。
「まったく、舐めて消毒するなど時代遅れも
「き、喜多さん!?」
「喜多ァ――――ッ!」
いつの間にか家政婦の
姉はガタンとイスから立ち上がり、時代劇に出てくる悪代官が悪事をばらされたときのような興奮した口調で何か言っている。
しかし、今日の喜多は姉の気迫に負けてはいない。
「そもそも毛ガニを
喜多の言いつけの通りに洗面所で手を洗い、リビングダイニングに戻ってくる間にも二人の言い争いは続いていた。
喜多はボクの人差し指に消毒液を塗り、絆創膏を貼りながらもぶつぶつと小言を言っている。
「まったく、私が
「あっ、でも喜多さん。一般人の口の中はともかく、お姉ちゃんの口の中には雑菌とかはいないと思うんだ。だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ!」
そう、すべてに完璧なお姉ちゃんの身体は菌だって寄せ付けない力があると思うんだ。喜多さんはその辺のところが分かっていないんだ。
ボクの自信満々のその主張を聞いて、喜多は考えを改めたようでそれ以上は何も言わなくなった。
▽
私の愛する
一方、天使の後ろで唖然とした表情で立っている喜多はさしずめ魔女というべきだろうか。
お昼を外で食べてくるはずだった
でも、頭脳明晰な私の機転により、喜多を隠し部屋に戻らせ、カニが大好きな
それなのに、出しゃばり過ぎずがモットーのはずの家政婦の
やはり、彼女は私の敵だ。
私と
「
「
喜多がまさかの
これは、もう完全に、私への宣戦布告だ!
「どうかな、
「どうでしょうか、
可愛い姉と年増の魔女に同時に迫られて、オロオロと視線を泳がす天使の
当然、答えは聞くまでもないよね……?
「ささ、お坊ちゃま、どうぞ召し上がれ」
「うん、じゃあ……食べようかな」
「ええーっ!?」
年増魔女が毛ガニの脚の身を半分剥いたやつを差し出した。
それを丁寧に両手を伸ばして受け取ろうとする天使の
私は寸前のタイミングで手を伸ばし奪取に成功した。
「…………お姉ちゃん?」
「お嬢様、何を!?」
「はあ、はあ、しょ、
「あ、そうか。うん、ありがと!」
ああ――……
天使の笑顔が眩しくて、直視できないの。
こうして、魔女との戦いは引き分けに持ち込むことに成功した。
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