お姉ちゃんと毛蟹(前編)

 波乱含みの名門星埜守ほしのもり高校の入学試験が終わり、駅前のコンビニでいちごサンドとフルーツ牛乳を買って家路につくボク。

 時刻は午後1時半を過ぎたところ。本来はお昼を外で食べてくる予定だったのだけれど、ボクは一刻も早く家に帰って入試予想問題がバッチリ当たったことを姉に伝えてお礼を言いたいんだ!


 玄関の扉を勢いよく開けて、元気よく叫ぶ。


「お姉ちゃん、ただい――ええっ!?」


「お帰りなさいませ、祥太しょうたさん」


 ボクは大きな声で姉を呼ぶ必要は無かった。

 扉のすぐ近く、上がりかまちに三つ指をついた姉がいたからだ。

 そしてどういう訳か、黒いドレスにヒラヒラのついたエプロンを着ている姉。

 

「試験お疲れ様でした、祥太しょうたさん。ささっ、お上がりになって!」

「あっ、うん……えっと……」


「ささっ、お荷物をこちらへ」

「あっ、うん……ありがと……」


「お風呂になさいます? それとも先にお食事を? それとも、毛・ガ・二?」

「ええっ、もうお風呂!? まだお昼なのに?」


「もうーっ! しょうちゃんノリが悪いんだからぁー! お姉ちゃんは入学試験で疲れて帰ってきたしょうちゃんをねぎらうために準備万端、全裸待機していたんだよぉーっ!」


 姉はぷくっと頬を膨らませて拗ねているけれど、ヒラヒラのついたエプロンだと思っていた姉の服がメイド服なんだと気付いたボクは――


「えっ、なにしょうちゃん、お姉ちゃんの全身を舐めるような目で見たりして……ハッ、しょうちゃんアナタもしかして……!!!」


「ご、ごめんなさいお姉ちゃん、ボクどうしてもその服が気になっちゃって」


「あ、服…… そう、しょうちゃんは中身じゃなくて服が気になっちゃったか……はぁー、そっかー、この服は喜多きたの勝負服を借りたんだけど、お姉ちゃんは喜多に負けちゃったかぁー、はぁーっ……」


「あっ、ちが……、うん、お姉ちゃんは外見も中身も全てにおいて完璧なお姉ちゃんだよ! その事実は世界があべこべにひっくり返ったとしても未来永劫変わることはないんだ!」


 なぜ家政婦の喜多きたの服を着ているのか、そして喜多の勝負服がなぜメイド服なのかについては触れてはいけないような気がした。


「あっ、そんなことより、お姉ちゃん! すごかったよ!」

「えっ? ええっ!? しょうちゃん、もしかしてお姉ちゃんのお着替え覗いてくれていたの!? どの場面から?」

「……えっと」


 姉は時々ボクの理解を超えた発言をするけれど、きっとそれはボクの理解力が足らないだけなんだ。


「そうじゃなくって、星高の入試問題がお姉ちゃんにもらった予想問題とものすごく似ていたんだよ! ボク……もしかしたら、星高に受かるかもしれないよ?」


 ボクはそう言ってはにかみながらにっこりと笑う。

 ボクよりも身長が少し高い姉をやや上目遣いに見つめながら。

 姉はしばらくボクの顔をじっと見つめていたけれど、やがてハッと息を飲み込み、わなわな口元を震わせ始め、かばっとボクを抱きしめ……


しょうちゃん、しょうちゃん、しょうちゃぁぁぁーん!」


と、ボクの名前を連呼しながらぴょんぴょんと飛び跳ねるものだから、ボクは何度も何度も姉のやわらかいところに顔が押し付けられて息ができないのだ。


「お姉ちゃん落ち着いて、落ち着いてよ、ボク死んじゃうよぉー!」


「はっ、ふはっ、あわっ!? しょうちゃん大丈夫?? 何が起きたの?」

「あっ、大丈夫だよ、うん。お姉ちゃんが落ち着いてくれたらボクは大丈夫なんだ」

「……そう。ならよかった! で、改めてお姉ちゃんはしょうちゃんに聞くんだけれど――お風呂になさいます? それとも先にお食事を? それとも、毛・ガ・二?」


 あっ、やっぱりさっきのアレ、ボクの聞き間違いじゃなかったんだ……


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