当たって砕けろ!高校受験(前編)

 駅前にある小さな商店街を通り抜け、区画整理された住宅地をさらに抜け、両サイドに畑や果樹園が広がる田舎道を歩くこと15分、ようやく名門星埜守ほしのもり高校のきらびやかなアーチ状の門が見えてくる。

 門を通って雑木林の坂道を上っていくと、小高い丘の上に広大な敷地面積を誇る近代的な建物が見えてくる。

 まるでガラス張りのような外観の図書館、温水プールと一体となったドーム型の植物園、都会的な雰囲気のカフェレストラン、そして中央にそびえ立つ本校舎は――意外なことにごくごく普通の四階建ての校舎である。


 校舎とその他の建物なぜこうもギャップがあるかを簡単に説明すると、元は中高一貫教育を目玉にした公立の学校だったのが、十数年前に廃校となり、校舎を含めた近隣の土地ごと現在の理事長が買い取り、星埜守高校をこの地に移転させたという歴史があるため。だから、当時の校舎はそのまま生かし、その他の施設はその後に建てられたというわけ。


 校舎を目の前にしてボクは立ちすくむ。去年、学園祭の一般公開日に一度だけ来たことがあるけれど、その時とはまるで違う雰囲気にすっかりボクは飲まれていた。


 星埜守高等学校入学者選抜試験会場――


 立て看板のある入り口に続々と受験生が吸い込まれていく。皆、ボクとは違って頭が良さそうな人たちばかりだった。


「ううっ……この場違い感は何だろう……」

しょうちゃんなら大丈夫! しょうちゃんがんばっ!」


 震えるボクの身体を姉が抱きしめてくれた。

 姉はボクが家を出るときからここまでの間も、ずっと手を握って励ましてくれていたんだ。


「ありがとうお姉ちゃん……でもボク……」

「大丈夫だから。しょうちゃんはやれるよ! お姉ちゃん、ここでしょうちゃんが頑張っているところ、ずっと見てるから!」

「それはダメだよお姉ちゃん! こんな寒いところにいたら風邪を引いちゃうよ!」


 星高の制服の上にふかふかのコートを来た姉の胸元から顔を離して、ボクは姉の顔を見つめた。

 姉はハッと何かに驚いたような顔をして、頬を赤らめる。


しょうちゃん優しい! しょうちゃんサイコー!」

「あわわっ、お姉ちゃん苦しいから! そんなにボクを強く抱きしめないでよー」


 入試会場の玄関先で戯れるボクたちのすぐそばを白い息を吐きながら続々と受験生たちが通過していく。

 皆、チラチラと視線を送ってくるけれど、その気持ちは分からなくもない。

 姉はこの学校の生徒会長であり、ミス星埜守に選ばれた美人で可愛くて完璧な人なんだから、その存在は否応なしに目立ってしまうのだ。


 ああ、これで本当にボクが星高に合格できれば良いのだけれど、そう現実は甘くはない。合格可能性5%未満のボクには星高進学なんて到底叶わぬ夢なのだ。

 だから、今日の試験はボクにとってはいやゆる度胸試しであり、現実をしっかり受け止めて次のステップに進むいしずえにするためのものなんだ! そして真に目指すは県立K高校! ボクは男子校で一人前の男を目指すことに決めたのだ!



 ▽


 試験監督のメガネをかけた女性の先生の合図で一斉に問題を開く。


 一時間目は国語の試験。星埜守の国語の特徴は長文読解問題が中心であり、ほとんどが記述式であること。中には筆者の主張を分析して、自分の考えを答える作文形式の問いも多い。

 そしてなんと言ってもこの膨大な問題量。うっかり難問に時間を取られすぎるとあっという間にタイムオーバーだ。


 でもラッキーなことに一問目は既に読んだことのある文章を元にした問題だった。しかも、設問もどこかで一度見たような……あれ!? 二問目にも見覚えがある文章があるぞ?


 ボクはぺらぺら問題をめくり確かめると、どの問題もあの茶色い封筒に入っていた予想問題集と似ているんだ。


 すごい! お姉ちゃんすごいよ!


 ボクは今すぐにでも立ち上がって姉のもとへ走り出したい欲求に駆られたけれど、そんなことをしたら折角のチャンスが逃げてしまうので、ぐっと堪えてシャーペンをノックした。


 気付けばすでに周りのライバルたちはカリカリとペンを走らせている。さすがは星高を狙う程の実力者揃いの人たち。皆前かがみになり一心不乱に試験問題に取り組んでいる。


 ふと気付くと通路側からドタドタと足音が聞こえてきて、それがどんどんと大きくなり、そしてガラッと勢いよくドアが開いた。


「すっ、すみません! 遅刻しました! クルマが……クルマが途中で故障してしまって……すみません!」


 どこかの私立中学の制服だろうか。グレー色のブレザー制服の小柄な女の子がぺこりと頭を下げた。

 かなりの距離を走って来たのだろう。頬はリンゴのように真っ赤になり身体から湯気が立ち昇っている。

 

 一瞬、数人の受験生が顔を上げてチラリと見るが、皆すぐに前屈みになり試験問題の続きに取り組む。 

 出遅れたボクはといえば、どうしてもその女の子のことが気になってしまって試験監督の先生とのやりとりを聞き入ってしまっている。


 そういえば、ボクの前の『1124番』の座席が空席になっていた。彼女は試験監督の先生の指示で小走りに近づいてきている。

 ボクは最初の設問の答えを書き込みながら、とたとたという足音に聞き耳を立てていると、ガタンという音と女の子の小さな悲鳴が聞こえてきて――


 どんがらがっしゃん――まさにそんな擬音がピッタリな音を立てて目の前の床に女の子が倒れ込んでいた。 


 その子のカバンの中からは、よれよれになるまで使い込まれた参考書やペンケースが床に散乱し、丸い消しゴムが床を転がり、ボクの右足にコトンとぶつかった。

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