第十四話 異装の剣士、太牙虎之介
富岡八幡宮は八幡大神を尊崇した徳川将軍家の保護を受け、相撲の勧進興行を許されるなどして庶民にも広く親しまれた江戸最大の八幡神社である。
砂州を埋め立てた六万坪を超える社有地は壮大の一言で、色とりどりの花を咲かせた見事な庭園がそこかしこに見える。
あらためて探すまでもない。宵の七つを過ぎたころだというのに、目指す一画は真昼の明るさにつつまれ、怒号や喧噪のなかにある。
大地は観客が蝟集する熱狂のなかへ足を運んだ。
みな賭け札を握り締め、台上の剣士に声援を送っている。
剣武台と呼ばれる八畳ほどの板張りの四方には篝火が焚かれ、台上に立って向かい合う剣士を橙色に染めあげ照らしだす。
西側の白のたすきをかけた剣士の名は
対する東側の赤のたすきをかけた剣士は――
『
というらしい。
「巌流?」
と聞いて大地は首をひねった。どこかで聞いた気がするような流派だ。
実のところ大地は剣術の流派に明るくない。
元は村の暴れん坊に過ぎない彼にとって、習った流派は〈山の天狗様〉からの風門流のみで、他に無数の剣術門派があることを知らないのだ。
巌流は「ツバメ返し」の必殺技を編み出した佐々木小次郎が創始した流派であり、巌流島の決闘で宮本武蔵に敗れて以来、次第に廃れて失伝したといわれている。
「失われた巌流の正統を受け継ぐものだそうだ」
「佐々木小次郎が隠し持っていた、もうひとつの秘剣を会得したらしい」
周囲ではそんな噂が飛び交っている。
大地は台上にすっくと立つ太牙虎之介の姿をあらためて見た。
筒袖の
面構えは不敵なれどまだ若い。
濃く太い眉の下の眼はらんらんと輝いて精気にあふれている。
まさしく虎の顔だ。
顔も虎ならば羽織も虎。そして携えている木刀も虎であった。
黄色の地に黒い縞模様が描かれてあり、刃長の部分は規定いっぱいの三尺三寸(約1m-トル)。
「佐々木小次郎の再来だ!」
と虎之介の賭け札を握ったものは彼の勝利を信じて疑わない。
「互いに一礼して構え!」
行司の指図で黙礼を交わして木刀を構える。
「一本勝負、はじめッ!!」
ついに試合が開始された。
太牙虎之介が修めたという佐々木小次郎の秘剣とはなんであろうか?
第十五話につづく
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