第十三話 富岡八幡宮 


「そ…それは……」


 太兵衛の瞳が泳いだ。いいにくそうに視線をそらす。

 一馬と剣之介が闘ったのは、前の優勝者だった第一席がその座を降りて空位になったからだ。


 なぜ降りたのか?

 剣王位への再挑戦リベンジをする気はなかったのか?


「……前の優勝者である山尾庄左衛門やまお・しょうざえもんさまはすでに三十を過ぎておられましたので、いろいろと体力的な問題があったのでございましょうな」


「……ならほど(なるほど)」


 とだけ、うなずいて大地は立ちあがった。


「どこへいかれます?」


 陽はとっぷりと暮れ、夕闇が濃い。聞けば大地は出羽の郷からはるばる江戸にでてきたお上りさんだという。

 こんな時刻に不案内な江戸の町を出歩くのは危険では……といおうとして太兵衛は大地が腰に差している一本の扇子を見た。


 この大ぶりの扇子で、大地は疾風のような風を巻き起こして一撃のもとに熊坂を倒したのだ。

 並の遣い手ではない。町のチンピラが束になってかかっても大地にはかなわないだろう。


「ちょぺっと、腹ごなしに散歩さいってくるだ」


「それなら深川の富岡八幡宮へいってみられてはどうでしょう」


 いま富岡八幡宮では指定地域のひとつである城東地区の代表を決める勝ち抜き戦が行われている。

 この地区予選に勝ち抜けば番付に入らずとも天下無双武術会に出場できるのだ。


「だれかひとをお付けいたしましょうか?」


「いんや、簡単な地図さいてくれればええだ」


 大地は不思議と道に迷うということはない。

 天性の方向感覚が備わっているのだろうか、江戸に着いてからも浜町の若槻道場に辿りつくことに苦労はなかった。


 その場で太兵衛に地図を描いてもらい、大地はひとりで町にでた。

 永代橋を渡って富岡八幡宮に向かう。

 そこで大地は異装の剣士と出会うことになる。



   第十四話につづく


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