第十二話 星神道雪
剣王位とは、現代ふうにいえばチャンピオンのことである。
ボクシングの各クラス一位の上にチャンピオンという名の王者が存在するごとく、番付第一席の上には剣王位の称号を持つ絶対王者が君臨するのだ。
天下無双武術会を勝ち抜き、実質第一席の座を勝ち取れば、剣王位に挑戦できる。剣王位戦は江戸城本丸の庭園で吉宗立ち合いのもとに行われる。
いわば将軍上覧試合であり、それに勝てば新たな剣王位の誕生だ。
いまの剣王位は
紀州和歌山の城下で
享保のこの時代、将軍家剣術指南役に柳生家はあったものの剣名は廃れ、実質名誉職の扱いとなっていた(分家である尾張柳生の方が剣名は高い)。
武芸好きの吉宗としては飾りのような指南役に我慢ができず、武家全体の範となるような遣い手を欲したということだろう。
吉宗は星神道雪を剣王位に据え、天下無双武術会で優勝したものにこれを当たらせて防衛戦を彼に課した。
享保九年、享保十三年の二回とも星神道雪は防衛に成功した……と公式の記録にはある。
試合の勝者と決まり手は壁書きとしてごく簡素に江戸の庶民にも知らされたものの、上覧試合であるため、それを確かめるすべはない。
「お上が勝ったというから勝ったのだろう」
と納得するしかないのだ。
剣王位戦の結果には依然として釈然としないものが残るが、庶民にとってのお楽しみはなんといっても大会本戦にある。
ひいきの剣士、これと見込んだ剣士の勝ち札を買っておおきく張れば大金を手にすることができるのだ。
天下無双武術会は今回で第三回を迎える。
庶民の熱狂とは別に剣士もみな奮い立っている。なんとしても優勝して剣王位への挑戦権を手にしたい。それが出場剣士すべての悲願なのだ。
「……一馬は剣王位とやらになりたかったんだべか?」
手元の武者絵を眺めながら大地はぽつりとつぶやいた。
絵師の主観と作為がくわわっているとはいえ、武者絵のなかの若槻一馬はどこか軽躁の趣がある。
色小姓もどきの派手な着物に身をつつんでいるのも気に入らない。
女子供にキャーキャー騒がれ、調子に乗って醜態をさらした愚か者にも思えてくる。
「天下無双武術会は今月末、芝増上寺で開かれます。
もちろん、暫定第一席の松浪剣之介さまもご出場なさいます。若槻一馬さまの仇を討ちたいのであれば、ここは是非とも出場なさって……」
「ちょぺっと、待つだ!」
太兵衛の話を遮って大地がいった。
「前の第一席はどやんなっただ?」
当然の疑問であった。
一馬を巡る悲劇はそこからはじまっている。
第十三話につづく
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