酒会議

なんとなく希望が見えてその日は監督三好春の呑み会。いや、サシ呑み。

三好春が2人組だと知らない人が聞いたら、三好春が1人呑みしてるだけに聞こえるかもしれないが、呑み会と言う名の会議なのだ。


いきつけの居酒屋に入り、まだ泡溢れるか溢れないかの状態に遠慮程度に一口口をつける。


そして、普段ならそのまま会議と言う名の呑み会が始まってしまうのだが、その日は違った。


「やべぇな、あいつら、形になりそうどころじゃないぞ。これでようやくおれらの人生も変わっちまう!」


「まだ!早いって!そうやって、これで人生変わる!って勝手に思い込んだら、失敗するんだって。こんなんじゃ、なんにも変わらない。おれは今までそうやって何回夢みたことか」


春はおれの知らないとこでそんなに苦労してきたのだろうか。それとも、おれが気づいていないだけで今までやってきた仕事でも人生変えるデカイ仕事があったのだろうか。


おれの顔色を察してか、

「どんな仕事だって人生変えるチャンスなんだよ、勝手に浮かれてたら足元すくわれるって。」


そうゆう意味か。確かに春の言う通りだ。適当な気持ちでやってきたわけではないが、今まで三好春が作り出して来たモノに失礼だ。


「春、ちょっと見てくれ。今回の話、まだセリフ固めてないし、スタートと、肝になる部分、あとオチだけ作って軸がブレないように作ってきた」


しばらくの間春が台本を読み終えるのを待つ。

この時間が一番緊張する。口がぴくっと動くだけでも、こちらは息をのむ。


「いいじゃん。これで行こう」


いつもならここでの春の反論から入り最終的にケンカに近い状態になってしまう。

だが、それがいいのだ。2人でここはもっとこうした方がいいと討論しあって、おれだけでは作れないいいものができていく。


おれに一任されたみたいで、なんだか不安になる。いつか見返して一発オッケーさせてみせる!って、毎回思っていたが、嬉しい感情はなかった。


「じゃあ、きっちり固めてくるわ。来週までにあの子たちに台本渡せるよう仕上げてくるわ!」


「いや、違うって!これで行こう!」


言ってる意味がよくわからなかった。新しい切り口でのダメだしなのか?


「この状態であの子たちに渡して、アドリブで演技させちゃおう」


「さすがにそんな適当なことできねぇよ!面白い試みだとは思うけど」


「おれも本番でアドリブ演技なんかさせる気ないよ。だから、このふんわりさせた状態で台本渡しちゃって毎日アドリブ演技させながら、面白かった事採用にして、それを三好春が言葉直しして言ってみんなで台本完成させようぜ!」

「小さい劇団みたいだな」

「もう一個利点があってさ、役者達に役だと思わせるよりも、私だったらこう言うな、こんな行動するなってのをおれらが把握できる。今日のフリー演技のイキイキした感じ観ただろ」

「あれを引き出す役を作る為に、この形で台本渡すのか」

「さすがにあの子たちの使った言葉そのまま使ったりとかは無理だろうけど、手直しとかそうとう骨が折れるぞー」


やっぱりこいつはいつもおれにはない視点から物事を観ている。突拍子のない事を言い出す。


「あれ、おれたち今日全然呑んでねぇーじゃん」


春が笑い出す。


「2人ともガチじゃねーか」


つられて笑う。2人とも泡だけが無くなったビールを指指し笑い出す。

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