台本の台本
「ちょっと待ってください!私たち遊びでやってるわけじゃないんです!なんもかんも全て捨てる気でアイドルになったんです!その大事な仕事なんです。アイドルなんてちやほやされてるだけの存在、失敗しても許される存在とか思ってるのかもしれませんけど、監督達も本気でやってください!」
アイドルがまるで罠にかけられた小動物のように、怒りなのか悲しみなのか感情露わに声を荒だている。
「先輩達がつくった今を私達新メンバーがダメにしたくないんです。新メンバー代表みたいになった2人がダメだ!って言われたら新メンバーがダメって言われちゃうんです!私、流星風流に入るのが夢だったけど、入っただけで満足してないんです!できないんです!」
感情を露わにしているのに感情がわからないのは、酷く怒った表情をしているのに、涙がボロボロと溢れているからだろう。
theアイドルって見た目からは想像がつかなかったが熱い感情を持っているようだった。
「いったん落ち着こうよ!ね!」
小さな声で優しくなだめるショートカットのアイドル。
「二葉ちゃんは知り合いに言われて、流星風流に入ったからわからないんだよ!!私なんていくつもアイドルオーディション落ち続けて、ついにきた大好きな流星風流の新メンバーオーディションでやっと合格できたの!ここにかけてるの!!」
「最初はそうだったよ。でもね、私だってやるからにはやるの。決めたの。私今日学校も辞めてきたよ。私もかけてるの」
「じゃあわかるでしょ?この台本の中身の無さを!」
さすがにそこまで言われたら、おれも逆鱗に触れられた気分になったが中身の無さを自覚しているのだからなんとも言えない。が、目の前でヒートアップしていく子達を大人として失格だ。
止めに入ろうと椅子から立ち上がろうとしたが、春がテーブルの下でおれの膝に手を置く。
その手に強さは全く無かったが、おれを椅子に抑えつける形になる。
「なんにもしらないんからって客寄せパンダにされてるんだよ。」
「いいじゃん。客寄せパンダで。かわいいじゃんパンダ」
アイドルがアイドルの頬を殴る光景は圧巻だった。しかもアイドルって感じのおよそ手が出てしまう様には見えない感じの子が、theアイドルな自身と対極の
小さい頃からずっと男子に混ざって遊んでました!!
とか言いそうな活発に見えるショートカットのアイドルを。
たださすがに殴るとは言ったものの平手だったが。
おれの膝に置かれた手の力が強くなった。大丈夫、おれはその出来事に夢中で動けずにいたから。
ってか、そもそもこの状況作り出したのはお前だぞ、春。
「じゃあ、これ簡単に書いた台本だから、あとは2人に任せた。」
なんの説明も無しにそんな無責任な言い方するからこうなったんだ。まず最初に丁寧に意図を伝えるべきじゃないかと誰だって思うぞ。
状況の気まずさからか、春を睨むと視線に気づいたのか彼女達からは見えない側の広角だけを器用にすっと笑ってみせた。
お前はどこまで考えがあってやってるんだ、この舞台。おれもあの子が今やってみせたようにお前を殴りたい気持ちになったぞ、もちろん拳で。
「客寄せパンダってたくさんお客さんに見てもらおうよ。それでさ、そうゆう気持ちで来た人達見返してやろうよ!帰りにはさ、近くのファミレスとかであそこ感動したよね、とか、セイカちゃんの演技凄かったね!とか!」
「なんにもしらないからそんな事言えるんだよ」
「なんにも知らないから、目の前に出されたものをなんでもできるのかもよ?」
アイドルに手を挙げた方のアイドルがまるで自分がぶたれたかのようにじわりと涙を浮かべている。
「私達は敵じゃないんだよ、仲間なんだよ。一緒のグループに、同じタイミングに入ってさ、一緒に最初のお仕事もらった仲間だよ」
「そぉ君達は仲間なんだよ!一緒のグループに一緒のタイミングで入って、一緒に初仕事、一緒に初舞台をする。仲間なんだよ!それってすごくない?運命的じゃない?同性でも運命の赤い糸ってあるのかもね。ところで今の君達のやりとりさ、35ページ目の主人公のシーンに似てない?」
急にフランクに話し始めたこいつに驚いたが、咄嗟に彼女達と同時におれも台本をめくる。
確かに今のやりとりを録画しといて、あとから声入れたら迫真の演技になっていたかもしれないシーンがそこにはあった。
「こうやってさ、みんなで作って行こう。そうゆう舞台にしたいんだ。協力してくれないかな?もちろん、大変だし他の舞台にはあまり無い苦労になると思うんだけど、おれたち仲間だし一緒に苦労して一緒に最高の舞台作ろう!ね?」
春は何を考えているのだろう。
どこまで考えているのだろう。
この台本の無い舞台を作り上げる台本がこいつの頭の中にはあるのだろうか。
「なんだよ、機嫌良さそうな顔しやがって。」
「おれ今そんな顔してたか?」
舞台の成功に着実に一歩踏み出せたわくわくなのかもしれない。相棒の頼もしさに底がしれなかったからなのかもしれない。
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