第2話再会
「うるか、久しぶり」
「ひゃあっ!」
カミラはまた後ろから彼女に話しかけて驚かせた。
初めて出会った時から季節はすでに2巡していた。
「かみら!今までどこに行ってたの!?」
うるかは川に落ちそうになって驚きと小さな怒りが湧いたが、再会の嬉しさがそれを押し流した。
彼女は川に沈めた苦いこぐりの実を引き上げてる最中だった。カミラが伝えた苦味をとる方法はうるかの家族から一度拒否されたが、うるかは少量の実を集めて実験をした。幸い、苦い実はいくらでも採れたからだ。
雪が降る頃になると苦味が取れていることに気づいて彼女と家族は驚き、翌年の秋になると家族総出でいくつもの籠に苦い実を詰めて同じ処理を行った。それ以来、カミラにずっとお礼を言いたかったうるかだが、金色の髪を持つ美貌はまったく姿を見せず、二度と会えないかもと思い始めた頃だった。
「遠いところに行ってたの」
「ひょっとして海の向こう?」
「ええ」
「こんなに長く会えないならそう言って……あれ?」
うるかはそこでやっと気づいた。
カミラの体はほとんど成長してなかった。自分は背が伸び、嫁に行ける準備が整ったと母から言われる面倒な現象も起きるようになった。それなのにカミラの外見は何一つ変化がない。まるで山の神に捧げる土人形のように同じ外見だった。
「背が伸びてないけど、大丈夫?」
「ああ、そうだったわね……。今度大きくなっておくわ」
「え?どういうこと?」
「気にしないで。それより私が教えたことは役に立った?」
「うん!みんな喜んでた!かみらは私たちの恩人!山の神さまと同じくらいに感謝してる!」
うるかは今までの感謝をこめてカミラを褒め称えた。
大量の偽こぐらの実が食料に変わったので彼女の家族は他よりも余裕のある冬越しができるようになった。ただし、彼女の父親はこの方法を決して言いふらさないように命じ、力のある大きな一族だけにそれを教えて見返りを得た。その点をうるかは好きになれなかったが、彼女も恩恵を受けた一人であるし、家長の決断に口を挟むなどという発想はない。
「私に教えてもよかったの?家族に怒られなかった?」
「ええ、気にしないで」
カミラは嬉しそうにそう言い、川に浸かった籠を引き上げてくれた。
木の実が詰まった編み籠は決して軽くない。それをひょいと引き上げたのを見てうるかは仰天する。カミラは大人の男くらいに力持ちらしい。
「すごい!」
「ええ、すごいでしょう。ところで、またお話をしましょう」
カミラが腰を下ろしたので彼女もその隣に座った。
恩人なのだからそれくらい時間を割いても許されるはずだと。
「あれからずっと聞きたかったんだけど、海の向こうはどんな暮らしをしてるの?もっと聞かせて」
「いいわ。いろんな家族が一緒に住んでるところが増えてるわね」
「いろんな家族が?」
集団とは父親を家長とした家族の単位しか知らないうるかにとってそれは不思議に聞こえた。どうしてそんなことをするのか。
「そうやって自分たちを守るの。数が多い方が安全だから」
「そんなに危険な生き物がいるの?『いし』でも家族みんなで戦えば勝てるのに」
彼女にとって最も怖い生き物が「いし」という大型雑食獣だった。大きいものは2人や3人でもやられてしまう。しかし、家族総出となれば倒せるし、実際、そうやって夕飯にしてしまったこともある。
それ以上に危険な生き物を彼女は想像できない。
「人から身を守るのよ。殺されて土地を奪われるから」
「え?今、人って言った?」
「ええ」
人間の集団戦闘という概念がないうるかには理解できなかった。
「土地を奪うってどういうこと?」
「ああ、ここはまだそんな考えがないのね。ええとね、狩りや採集じゃなくて人が作物や動物を管理して育てる場所があるの。あなたの家族も美味しい実をつける木を植えたりするでしょう?それをもっと大規模に行うの。家族をいくつも集めた集団で土地を耕して、たくさん食料を作るのよ」
「それは……良い事じゃないの?」
素晴らしい考えだと彼女は思った。
「ええ。そのおかげで食料はたくさん増えて人も増えるわ。でもね、人が増えていけばもっと土地が必要になるでしょう?作物が枯れるときもある。そうしたら同じ事をしてる集団と土地を奪い合って殺し合うのよ」
カミラは楽しげに言った。
「いわば狩りの対象が土地と人に移ったのね。面白いわよ。大勢が弓矢や槍で戦うの」
「なんでそんなことを?一緒に助け合えばいいじゃない……」
「うるか、たとえばあなたの家族では家長が皆をまとめるでしょう?家族がいくつも集まると家長の中で最も偉い人を決める必要があるわ。そうしないと作物の管理ができなくなるから。すると上から下へ統制がとれた組織ができるの」
分業と身分制度という概念をカミラは話していた。
うるかはそれを必死に理解しようとするが、話について行くのが難しい。
「そういう集団はとても愚かで凶暴になるわ。小さな規模なら我慢するし、ある程度は話し合って決着をつけられるけど、あまり増えすぎると話し合いなんてしない。殺して解決しちゃえって思うみたい」
「ど、どうして?」
「さあ。人はそういう生き物なんじゃない?」
「そんな……奪わなくても他の土地を使えば……」
「作物が育ちやすい土地は少ないのよ。あっても新しい土地で作物を育てるとそれが実る前に大勢が死ぬし、苦労ばかりよ。他人の土地を奪う方が楽でいいわ。たくさんの食料と女が手に入るもの」
「そんなのって……」
彼女はうまく言えなかったが、それは間違ってるとしか思えなかった。
2人が喧嘩すれば家族がそれを止める。家族同士でも全員で殺し合おうなどと考えない。それでは皆死んでしまうかもしれない。
「ええ、おかしいわね。でも、こういう争いがどんどん増えてるの。きっと自然なことなのよ。あなたの家族もいずれ他の家族と合わさって大きな群れを作るわ。作物や獣を育てて栄えて、いずれ食べ物と土地が足りなくなって他の一族の土地を奪う。ひょっとしたら奪われる側かもね」
「そんなの嘘!」
彼女はそれが本当に起こるかを考える前に拒絶した。
想像することさえ恐ろしい。
それを聞くとカミラは我が子を慈しむように微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたが生きている間には起きないから。これはずっと先のこと」
「ずっと……先……?」
「ええ。ここは食料も豊富だし、海を越えて技術が伝わるのも遅い。季節が何回も繰り返した後よ。あなたが子供を生んで、その子が育ってまた子供を生む。それを何回も繰り返した先のこと」
「それでも……そんなこと起きないでほしい」
うるかはそう願った。
自分が死んだ後であろうと家族が殺し合いに参加するなど吐き気と寒気がする。
しかし彼女は知らない。カミラの予想は極めて正しいことを。彼女たちが生きる時代はその島で人間同士の集団戦闘が起きない唯一平和な時代だったことを。
「ねえ、うるか。この世界は残酷よ。私はあなたを守ってあげたい」
「え……?」
「ここはまだ大きな戦いは起きてないけど、絶対に安全でもない。危ない獣や人がいるわ。もっと安全なところへ行きたいでしょう?」
カミラは蟲惑的な視線でうるかを射抜いた。
美しい顔を近づけ、息がかかるほどの距離で囁いた。
「うるか、私の友達になってくれる?」
「え……う、うん……」
「良かった。じゃあ、友達の証をあげる」
カミラの大きな青い瞳を見て彼女は吸い込まれそうになる。
その時、一羽の鳥が喧しく鳴いて彼女は我に返り、咄嗟に離れた。
「あっ!そうだ!私もかみらに渡したい物があるの!」
「え?」
「作ってくるから明日ここに来て!日が一番高い時に来てね!お願い!」
「うるか……待って……」
カミラは寂しそうにそう言ったが、うるかはいくつかの籠を背と両手に持って走った。以前からお礼をしたかったのは事実だが、今、彼女の足を動かしている力の源が恐怖であることに本人は気づかなかった。
一人ぽつんと川岸に立ったカミラは上空を見上げた。
大きな野鳥が一羽飛んでいる。彼女の目がぎらりと赤い光を放つとその鳥は全身から血を噴き出し、真下の川へ落ちていった。
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