1万年の記憶の底で

M.M.M

第1話出会い

山中は美しい紅葉で彩られていた。

うるかは地面に落ちた茶色い木の実を拾って籠に入れる。

それを何百回も繰り返していた。自分に任された大事な仕事だから。


「ふうっ」


大きな川のそばで彼女は籠を下ろして休むことにした。

休むときは川岸にいろと家族からいつも言われている。獣に襲われたときに水に飛び込んで逃げられるからだ。「えく」や「いし」という獣は男の人達が狩ればおいしい夕食になるが一人で出会ったときはこちらが食べられてしまう。

今は秋。お互いに冬に備えて食べ物を集めるときだった。


さらさらと流れる川の音を聞きながら彼女は収穫した実を見た。

ぐらの実、くるの実、こぐらの実が入っている。美味しいのはぐらの実とくるの実だがあまり多く見つからない。こぐらの実はたくさん落ちてるがよく似た食べられない実と間違えると怒られる。姉から教えられた特徴をしっかり覚えたから大丈夫と思うがどうにも不安だった。

木の実をとっかえひっかえ見ていると川のせせらぎに美しい声が加わった。


「ねえ、何してるの?」

「うわあっ!?」


うるかは飛び上がって後ろを向いた。

腰につけた石刀に手を伸ばそうとして……見蕩れた。

相手は若い女だった。白い肌に青い目、そして紅葉よりもはるかに美しい金色の長髪を見てうるかは一種の芸術的感動を味わっていた。母が大切に持っている緑石よりもずっと綺麗だと。

毛皮とは違う白く薄い服を着たその女は自分と同じくらいに幼く見える。

しかし、奇妙なことにずっと年上のような大人らしさを彼女は感じた。


「私はカミラ。あなたの名は?」


カミラと名乗る少女はそう言って微笑む。

そうすると美貌がさらに輝きを増した。


「私は……うるか」

「うるか、ね。何をしているか教えて。冬に備えて木の実を採っているの?」

「う、うん……」

「たくさん集めたのね」

「あげないよ?」


彼女は警告した。家族で冬を越すための大事な食料だ。

するとカミラはくすくすと笑った。


「いらないわ。ねえ、どうして木の実をじろじろ見てたの?虫食いかどうかを見てた?」

「違う」


穴がある実は虫が中身を食べてるから拾うなと彼女は言われていた。

それくらい間違えたりしない。


「じゃあ、どうして?」

「食べられない実と間違えてないか見てたの」

「ああ、そういうこと」


カミラは納得したらしく、少し離れた川岸にちょこんと座った。

木の実を奪う気はないという意思表示だろう。


「でも、そういう実は苦味を抜けば食べられるでしょう?」

「抜く?煮るってこと?」


確かに山菜や根っこの多くはそうやって食べる。

でも、こぐらの実の偽物は1回や2回煮ても食べられないと母に教わった。煮るための木々を集めるのも楽ではない。そこに労力をかけるより食べられる実を拾うほうがずっとよいとみんな考えている。

そう伝えるとカミラは首を振った。


「煮るんじゃなくて殻を割ってから川に浸たすの。時間はかかるけど苦味が抜けて実が白くなる頃には食べられるわ」

「そうなの?」


うるかは驚いた。

水にずっと浸けると苦味がなくなる。そんなことが本当に起きるのだろうか。


「ここには広まってないのね。殻を剥いた実を籠に詰めて重石で沈めておくといいわ。雪が降る頃には食べられるそうよ」

「あなたの家族はそうやって食べてるの?」

「えっと……まあ、そうよ」


カミラは何かを言おうとしてやめた。

うるかは騙されてるかもしれないと思ったが、その方法を試したくなった。偽こぐらの実は山ほど落ちており、それが食べられるというなら試す価値はある。


「かみら、あなたはどこの山に住んでるの?家族もそんな目や髪をしてるの?」


うるかはふと気になったことを聞いた。

こんな姿の一家がいたら遠くの山にも話が広まりそうなものだ。


「この近くに住んでるわけじゃないわ。私の家族は海の向こうにいるの」

「海の向こう!?」


うるかは非常に驚いた。

海の向こうにも人が住んでると聞いたことはあるが、彼女はその海を見たことさえない。知ってる事といえば物々交換で手に入る干し魚くらいだ。


「海の向こうはどんな所なの?」

「そうねえ。こことずいぶん違うわ。山よりも平たい土地が多くて……」


うるかは話をしばらく聞き、やがて頭の中が混乱した。

果てが見えないほど広い平野。乾いた土が舞う暑い土地。常に氷で覆われた巨大な山。足の長い動物や毛むくじゃらの動物。どれもこの世のものとは思えなかった。


「そんな所が本当にあるの?」


妹や弟はしょっちゅう嘘をつくので彼女はつい聞いてしまった。


「信じなくていいわ。ああ、そろそろ行かなきゃ。あなたも用事があるでしょう?またね」

「あ……」


カミラは立ち上がると金色の髪を揺らしながら山奥へ歩き去る。

うるかは呼び止めようとしたが自分も仕事の途中であることを思い出し、家族のために木の実拾いを再開するしかなかった。

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