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《ちゅうに探偵 赤名メイ㉒′′》


どうなった。俺は死んだのか。あまりに一瞬過ぎて何も感じなかったのか、分からない・・・。痛みを感じない。だが、周りの騒(ざわ)めきはどうしてか聞こえる。聴覚が鋭すぎるから、か?いや違う。『俺は撃たれていない』・・・?そう思うのが流れの中にある唯一の答えだ。俺は、ゆっくり目を開けた。そこにあった光景は、俺が想像していたモノとは違った。


「う、ぐぉぉぉ・・・、き、さまぁ・・・!!」


そこには、脇腹から血を流し、うずくまる宮城の姿があった。俺は理解した。赤川は俺じゃなく、宮城を撃ったのだと。


「ぁ・・・、あぁ・・・・・・」


目から大量の涙を流し、カタカタと震えている手から拳銃の姿はない。赤川の傍に落ちていたのだ。どよめく信者たち。どうすれば良いのか分からないのだろうか、誰も宮城を助けに来る者はいなかった。指示を待ってるのだろうか。


「・・・はぁ・・・、ぜぇ・・・・・・」


先程とは一変して、苦しそうだ。


「・・・やっと・・・、後一歩なんだ・・・」


後一歩・・・?何の事だ?


「もう、少しで・・・この国も、我が・・・手、に・・・」


まさか、国家転覆を計画していたのか・・・?


「おい、お前らの真の目的は何なんだ!」


俺は堪らず、手負いの宮城に問い掛けた。すると、途切れ途切れだが、それに宮城は答えた。


「・・・はぁ・・・・・・ははは・・・。お前、らは・・・毎日お気楽に・・・ぜぇ・・・、過ごしていたかも、しれんが、私たちは・・・はぁ、はぁ・・・常に、この国の未来を・・・考えて、いた・・・」


強がりなのか、笑ってみせた。が、息は絶え絶えだ。するとそれを見兼ねてか、スーツを着た見た目30代の男が近寄り宮城に肩を貸した。そして、宮城の代わりに俺にこう話した。


「今この国に必要なのは、『危機感』だ。常に長生きできると思っているバカどもに警鐘を鳴らす。その為に、我々が国家の頂点に立つ。と、常に宮城様は仰られておりました。私共にとっては、これ以上に幸福はありません」


マジな顔してやがる。本音かよ。


俺には理解し難い内容の話ばかりだ。自分たちは特別な存在だと言ってるのか。本気でそんな事思ってるから余計にタチが悪い。この男性が話している間、他の信者達も賛同する様に姿勢を正していた。全宗教が必ずしもこうであるわけではないだろうが、こいつらは明らかに異端だ。俺が唾をゴクリと飲むと、宮城は力を振り絞り、叫んだ。


「ぉ前ら、何をしておる・・・!!早くこいつらを殺さんか・・・!!!」


は?嘘だろ・・・!?


俺は、信者たちの視線を一手に受けた。怒りを露わにする奴、悲しみの表情をしている奴、様々だ。迫りくるプレッシャーに顔が引きつりつつ、俺は再び覚悟した。今度こそ逃れられない、と。だが、その瞬間、俺は突然の声に顔を上げる事になった。


『お前ら一歩も動くな!!』


しんと静まり返る場に、聞き覚えのある声に、俺はハッとした。騒めく信者達をすり抜けるように、その声の主は俺の前に現れた。


「・・・浅井さん」


俺は安堵の表情を浮かべた。


「安心しろ、俺たちが来た。もう大丈夫だ」


浅井さんは俺を縛っているロープを全て切り、自由にしてくれた。先程までの緊張感に体が追いつかなかったのか、ロープを切られた瞬間脱力し、その場にへたり込んでしまった。


「・・・さて、宮城 久松(みやぎ ひさまつ)、殺人、殺人教唆、詐欺、麻薬取締法違反、監禁、銃刀法違反、その他諸々・・・。お前の罪状を挙げればキリがないな。この場は、警察が包囲している。逃げようなんて思うなよ」


浅井さんは俺に背を向け、宮城に詰め寄った。当の本人は歯を食いしばって浅井さんを睨みつけている。


確かに、罪状えげつないな。


「お前、は・・・、・・・警察の、人間・・・か・・・」


落ち着いてきたのか、宮城は信者の1人に肩を抱えられているにも関わらずその威圧感を彼に放ち始めた。傷口を押さえる左手に力が入っている。浅井さんは静かに頷いた。


「・・・ここまで・・・なの・・・か。ふっ・・・」


宮城は観念したのか、一気に脱力したように見えた。そこからは警察の仕事だ。浅井さんは抵抗しない宮城の両手に手錠を掛けた。辺りにガチャっと独特の金属音が響いた瞬間、全てが終わったように思え、俺も深く、長い溜め息が出た。


『青山くーん!』


と、浅井さんよりも聞き慣れた澄んだ女性の声が俺の名前を呼んだ。ピンクガーデンこと桃園だ。


「桃園さん・・・!と、白井さん」


「残念そうな顔するなよ」


俺は明らかにジャスティスこと白井の顔を見た瞬間に怪訝な顔をして見せた。


居なくて良かったのに。


「何か言ったか?」


「いえ、何も」


俺はそっぽを向いた。明らかに心配してくれているピンクガーデンこと桃園は、俺の頭を撫でた。まるで母親の様な暖かさの手は、気持ちを『日常』に戻してくれた。もう少しこの感覚を楽しんでいたかったが、どうもそうはいかないようだった。


『ええい離さんか!自分で乗るわい!」


何やら騒いでいる。浅井さんたちが用意した救急車に宮城が乗せられようとしているのだが、どうやら自分で乗るか乗せられるかで言い争っているみたいだ。


「撃たれたのに急に元気だな、あのオッサン」


「これでポックリ逝かれても困るんだがな」


俺は浅井さんと目を合わせる。自然に笑いが出るのは、体が、脳が、安心しきっている証拠だ。しかし、何か忘れてるような気がする。


「そうだ、赤川・・・」


俺は、拳銃を握らされていた彼女に目をやった。まるで抜け殻の様に俯いている。


「・・・あいつも、逮捕されるんですか?」


「知らなかったとはいえ、宮城に加担していたのは事実だ。情状酌量の余地はあるだろうから、刑は軽くなるだろう」


「そうですか・・・」


悲しくて仕方なかった。幼馴染のそんな姿は見たくない。先程とは違う溜め息が出、立ち上がった。赤川の側に座り、頭に手を置く。反応はない。が、突如、赤川の口がゴニョゴニョと動いた。


「・・・・・る・・・」


え?


「・・・てやる・・・」


「お、おい、赤川・・・?」


何やら彼女の様子がおかしい。脱力していた体はフルフルと震え、また泣き出しているのかと思うくらい、声も震えている。そして叫んだ。


「殺してやる!!!」


彼女は足元に捨てられた拳銃を手に取り、救急車に乗り込もうとしている宮城に銃口を向け、迷いなく引き金を引いた。


パァァァン・・・・・・!!


2発目の渇いた銃声。あまりにも突然な事で、誰もが宮城は再度撃たれたと思っていた。辺りも静まり返った。恐る恐る宮城を見ると、腕を顔の前に構えていた。撃たれてはなさそうだ。本人もうっすら目を開け始めていた。不思議に思い、撃った赤川を見ると、誰がこんな事を想像したか、ピンクガーデンこと桃園が彼女を抱きしめ、その握られている拳銃を誰もいない斜め上へと向けさせていた。そして一言、彼女の耳元で囁いた。


「貴女が手を汚す必要は、もう無いのよ」


その瞬間、赤川は膝から崩れ落ち、静かに泣いた。声を上げず、ただ、鼻をすする音だけが俺には聞こえた。宮城を乗せた救急車のサイレンが遠くなり、聞こえなくなるまで、ピンクガーデンこと桃園は母親の様に赤川を抱き締め続けた。

こうして、俺の休みから始まったとんでもない『非日常』は幕を降ろした。そして次の日、俺は赤名探偵に呼ばれて探偵事務所のドアを開けるのだった。


《ちゅうに探偵 赤名メイ 最終回》へ続く。

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