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《ちゅうに探偵 赤名メイ㉑′′》


カタカタと震える赤川の手に握られた拳銃の銃口は、間違いなく俺を向いていた。唇に力が入っている。次の宮城の許可で、撃たれてしまうのだろうか。などと考えていると、宮城は口を開いた。


「どうですか、今の気持ちは?」


クソ野郎が・・・。


「良いわけないだろう。産まれて初めて拳銃向けられてんだ、しかも幼馴染に」.


こういう時、取り乱しては相手の思う壺だということを、知らずのうちに理解していた。


「そうですか・・・。ならば、聞く必要は無いかと思います。が、念のために・・・。私たちと明日を見る気はありませんか?」


「あるわけねぇだろ」


俺は即答した。すると宮城は笑いながら返した。


「残念ですね。ここまで即答されるとは思ってもいませんでしたよ」


俺は奴の目の奥のドス黒い光を俺は見逃さなかった。こいつに付いていく事が自分の中で何よりも許せなかったのは事実だ。今回も、自分の手を汚さずに邪魔者を消しにるくる辺り、赤川も、俺を始末させた後は良いように使われてどこかで切り離されるのだろう。奴の言葉1つ1つに腹が立った。


「では、最期に何か言いたい事はありますか?」


最期に、か・・・。


俺は何となく、これが最期だとは感じなかった。その根拠は特にないが、赤名探偵事務所のメンバーは神出鬼没だ。メンバーの誰かがピンチの時に、助けに現れるんじゃないかと、本気で思ってしまっている自分がいたからだ。不思議と『今俺は死なない』と、直感が働いているのだ。


俺は赤名探偵かよ・・・。


ニッと口角が上がったのが宮城に見えてしまったのか、あからさまに動揺していた。


「な、何故そんな余裕がある・・・!?お前は今自分が置かれている状況が分かっているのか!?」


「分かってるよ。じゃあ、2つ質問しても良いか?」


宮城はフンッと鼻を鳴らした。苛立ちが手に取るように分かる。


「正直に答えてほしい。・・・まず、ここはどこだ?」


「何が正直に、だ。そんな事を言っても立場は変わらぬぞ?」


「良いから答えろ。最期に何かあるかって聞いたのはそっちだろ?」


宮城は口籠もり、少しの間の後、再びフンッと鼻を鳴らした。焦れば焦るほど、人は余裕がなくなる。その余裕のなくなってきたところに活路を見出さなければ、切り抜ける事はできないと、俺は踏んだ。


「・・・良かろう。ここがどこかって?こここそが、【双響(そうきょう)の渓谷(けいこく)】なのだよ」


宮城は両手を広げた。いかにも教祖という振る舞いに、俺は一瞬こいつの事が神々しく見えてしまっていた。


「・・・どういう事だ」


「頭の悪い人間の為に分かりやすく説明しよう。ここは、かつて先人達が神を祀(まつ)った谷。満月の夜、歓声と悲鳴が聞こえる事から、『双(ふた)つ』の声が『響く』渓谷、そのまま【双響の渓谷】と呼ばれる事になったわけだ。その聞こえていた歓声と悲鳴は、生贄を捧げる儀式が行われている夜に起きていた。そうすれば神の怒りを鎮める事ができると信じていた時代だ。捧げた瞬間に信者たちの歓声が上がり、その生贄に選ばれた者は悲鳴を上げながら落ちていく。ここはそういう場所だ」


自分から聞いといてなんだが、少し後悔してしまっていた。ここがそういう場所だと初めて理解し、改めて認識すると、とてもおぞましい怨念が篭ってそうだからだ。俺は今そんな場所に立たされているというのは、俺は他の信者からは『生贄』だと思われているのだろうか。


馬鹿げてる・・・。


俺はここに集まっている信者全員の顔を睨みつけていった。老若男女、全ての年代が揃っていそうだった。が、その最中、違和感、というか、不自然な人物たちを数名見かけた。フードを顔の半分まで被り、顔が分からない。最後尾に均等な間隔で並んでいる辺り、俺が逃げ出した際に捕まえる事を任された人達だろう。


そんなにコイツの言う事は絶対なのかよ。


「・・・そうか。分かった。じゃあもう1つの質問だ」


俺が再び口を開いた瞬間、とある異変が起きた。それは、拳銃を握らせれ、俺に銃口を向けていた赤川の手が、更に激しくカタカタと震え始めたのだ。もう、限界なのだろうか。と、俺は車のトランクの中で見た夢の事を思い出した。それは『何気ない2択を出すこと』だった。俺は、さっきまで考えていたもう1つの質問を変えた。


「なぁ、お父さんとお母さん、どっちが好きだった?」


その質問に、宮城は眉をしかめた。


「ふざけるな、何でそんな質問に

「お前に聞いてるんじゃない」


俺は、宮城の言葉を遮った。俺の目線は、赤川に向いている。目が合った彼女はハッとした。


「赤川、お前に聞いてるんだ。お前は、お父さんとお母さん、どっちが好きだった?」


俺は少し意地悪だったかもしれない。だが、赤川を脅かす『異常さ』を取り除くには、今この極限の状態で、日常の生活を思い出してもらう他にないと判断した。すると質問を境に赤川の様子が変わった。震えているのが拳銃を構えている手だけではなく、肩もフルフルと震え始めた。まるで俺の質問が緊張の糸を切ったかのように、彼女の目からは涙が溢れた。


「ぅぐっ・・・・・・ひっぐ・・・」


「お、おい・・・!」


そして足から崩れ、立ち上がるのが困難な程、赤川は泣きじゃくった。手に握られている拳銃は、更に強く握られていた。


「赤川、もしこれから俺を撃つんだったら、天国のお父さんとお母さんにちゃんと伝えるよ。『娘さん、千尋さんは元気ですよ』って・・・。だからためらわずに撃ってくれ。覚悟はできてる」


誰かに撃たれるんだったら、せめて知ってる、仲の良い、好きな相手にやられたい。俺が言った言葉に、嘘偽りはない。


「・・・ぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!」


赤川は、狂ったように泣き叫んだ。ついにその時が来る、と目をギュッと瞑った瞬間、渇いた銃声が1発、辺りに響いた。


パァァァン・・・・・・!!!


《ちゅうに探偵 赤名メイ㉒′′》へ続く

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