⑤′′
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑤′′》
不敵な笑みを浮かべた赤川は、更に含みを持たせて口角を上げた。
えっ、何だ、この笑い方・・・。俺は知らないぞ!?
俺は幼馴染の初めて見る不気味な笑い方に戸惑いを隠せなかった。ゴクリと唾を飲み、彼女の顔を睨みつけるように見つめた。少しの間を置いて、赤川は口を開いた。
「あっはは!何期待してんのよ!半分あってるけど、半分間違いかな〜」
何だよ半分て・・・。何か怪しい。あの写真は一体・・・?
アゴに指を這わせて考え込む俺の顔を赤川は覗き込んだ。
「なぁに、一体?私の仕事がそんなに気になる?」
彼女は1杯目のカシスオレンジを飲み干すと、ドリンクのメニューボードを眺め出し、店員さんを呼んで2杯目を注文した。冗談混じりに赤川の口から溢れた言葉は、思いの外俺の心を突いた。
「いや、別に、そんなんじゃないけど・・・」
否定しがてら飲んだビールは味がしなかった。微妙な空気が流れたのを察したのか、猪瀬が手を叩いて話題を変えようとした。
「流石は凌!すげぇ推理だな!」
「そうね、まるで〜・・・そう、あれよ」
どれだ?
俺は赤川の言葉の出なささに心の中でツッコミを入れつつ、次の言葉を待った。
「そう、探偵みたいだよね」
ドキィッ!!
俺は先程トイレでブラックサンダーこと黒柳から忠告を受けた事で、より一層警戒していた。
「そんな・・・
「そんなわけないだろ?探偵ってなるの凄い難しいらしいし、凌になれるわけねぇって!」
俺の否定しようとしていた言葉を遮り、猪瀬がフォローしてくれた。何か複雑な気持ちになったが、ここは助けてくれた猪瀬に感謝したい気持ちになった。
「ふ〜ん、まぁ良いけど」
と赤川は流し目気味に店員さんから2杯目を受け取っていた。
そこから十数分。3杯4杯とグラスが空き、全員次第にいい具合に酔いが回り始めた。猪瀬に至っては予想通り酔い潰れて机に突っ伏したままだ。最近の若者のグループに俺たちが属されるならば、まだ俺たちは静かな方だろう。
「あ〜あ、こいつはまた近くまで送ってやらないとな〜」
俺は猪瀬の頭をワシワシと掴んだ。
「そろそろお開きにしますかー?主催者もこんな感じだし」
赤川は左手首に着けられた小さな腕時計の文字盤を見た。俺もスマホで時間を確認する。
「もうこんな時間か・・・」
時刻は21時。終電には早いが、明日も仕事がある人はそろそろ帰り支度を始める時間だ。俺は明日も休みなのでどちらでも良かったのだが、1人が言い出すと自然とそういうムードになってしまうのは不思議なもんだ。そして気の合う仲間との時間は経過するのが早い事を実感した。
「会計してくる。先に出ててくれ」
俺は会計札を持ち、階下へ降りていった。後ろを奴らが通っていく気配を感じながら、ブラックサンダーこと黒柳がどこにいるのかを確かめたが、彼はどこにもいなかった。
何だったんだ、一体・・・。
ブラックサンダーこと黒柳の神出鬼没さにドン引きしながら、俺は居酒屋【武士道場(もののふどうじょう)】を出た。外はすっかり気温が落ち、酒に火照った顔や体には心地良かった。
「今日はありがとな。また次集まる時に奢らせてくれ」
鹿島はそう言うと、蝶野と一緒の方向に歩いていった。この流れだと恐らく2軒目に行くつもりだろう。俺もせっかくなら行きたかったが、猪瀬を送り届けなければならないため、そのまま見送った。
「さて、猪瀬を送るか。赤川はどうする?」
「私も一緒に行くよ」
正直、それとなく話をしたいと思っていたところだ。ちゃっちゃと猪瀬を送ってしまおう、と居酒屋の前に置いてある椅子に腰掛けて気持ちよさそうに眠る彼を起こした。
「おーい、猪瀬、一旦起きろー。帰るぞー」
ゆさゆさと肩を揺さぶると、彼はゆっくり目を覚ました。
「っあ〜よく寝た・・・気がするっ!」
思いっきり伸びをした彼は朝目覚めた時かのように気持ちよさそうだった。そして少し辺りを見回すと鹿島と蝶野がいない事に気付いた。
「あれ、あの2人は?」
「さぁ、2軒目に行ったんじゃないか?」
「俺もそっち合流しようかなー」
と、猪瀬は先程まで酔い潰れていたのが嘘のようにスクっと立ち上がり、鹿島たちが向かった方向へ歩き出した。今までこんなにスムーズに起き、どこかへ向かう猪瀬を見た事がなかった為、俺は呆気に取られて言葉が出なかった。その背中を見送ると、赤川が声を掛けてきた。
「行っちゃったね」
「・・・あぁ」
「やっぱり、私も帰るね」
彼女は笑った。俺はその顔に懐かしさを覚え、赤川が帰り道へと振り返った瞬間だった。
「・・・なぁに?」
俺は赤川の腕を掴んで引き留めていた。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑥′′》へ続く。
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