⑥′′

《ちゅうに探偵 赤名メイ⑥′′》


無意識だった。俺は赤川が帰ろうとしていたのを止めた。


「あ、いや、何でもない・・・」


本当は聞きたかった。お前、一体どこで何をしてるんだ?と。手を離したことにより、赤川は再び歩き出そうとした。俺は、それ以上何も言う事ができず、ただ遠ざかりそうな幼馴染の背中を見送るしかなかった。が、少し離れたところで、彼女はポツリと呟いた。


「青山が本当に探偵なら良かったのに・・・」


え・・・?


悲しそうに呟いた赤川の顔は見えなかったが、言葉の端々には気持ちが籠もり、泣いていそうな雰囲気すら掴みとれた。普通の人なら聞こえない距離だったが、俺の耳にはハッキリ聞こえた。


「お、おい!今のって・・・」


どういう意味だ!?と聞く間も無く、赤川は俺の声が聞こえなかったのか、はたまた無視をしたのかは分からないが、足早に去ってしまった。


何だったんだよ、おい。


一人残された寂しさと、幼馴染からの意味の分からない言葉が俺の周りを漂った。体感では何時間も経っていそうな程、呆然と立ち尽くしていた。その時頭に流れてきたのは、高校生最後の日、卒業式の時の事だった。まだ、桜も咲いていなかったのを覚えている。俺たちは卒業式を終え、いつものメンバーで門のところに集まっていた。辺りは泣いている生徒もいれば、笑い合っている生徒もいた。センチメンタルな気分に浸っていると、猪瀬が口を開いた。


『これで俺たちはそれぞれの道だな』


彼は卒業証書が入った筒を肩にポンッと当て乗せた。


『まぁ、俺と猪瀬は同じ大学だけどな。鹿島たちは就職だっけ?』


俺はまだ服も髪型も真面目な頃の猪瀬に言葉を返すと、鹿島たちを見た。1人が喋ると会話が止まらなくなるのは、俺たちの良いところであり、同時に悪いところでもあった。


『あぁ。一足先に稼いでくるわ』


坊主頭の鹿島が親指をグッと立てた。


『初任給で焼肉奢ってくれよな〜』


『考えておくよ。でも、初任給の使い道は決めてるから』


猪瀬が肘で蝶野をいじると、彼は苦笑いをしながら軽くあしらった。蝶野の家は母子家庭だ。何となく使い道は予想できた。


『赤川は女子大だっけ?』


俺は感慨に耽(ふけ)っている赤川に顔を向けた。少し鼻が赤らんでいる。気持ちは分からなくもなかった。今まで毎日顔を合わせていた人物達との別れは辛くないはずがない。彼女は指で目尻に溜まりかけていた水分を拭うと、いつも通りの明るい声で答えた。


『うん、昔からなりたかった保育士になるために、ね!』


赤川は自分の夢を明確に持っており、年下への面倒見の良さは俺も知っている。保育士というのをハッキリ聞いたのはつい最近の事だった。


『保育士か〜、お前ならきっとなれるよ』


無責任な発言だが、赤川ならなれると思っていたのは事実だ。


『うん、ありがとう・・・』


その時の彼女の笑顔を忘れることはないだろう。

俺を現実に戻したのは、頬を撫でた風だった。


「引っかかる・・・」


ヒンヤリとした風は、顔の火照りを拭い去り、頭をも冷静にさせた。


「あの写真に写ってるのは俺の知ってる赤川じゃない」


あんなに明るく、誰にでも優しかった赤川が犯罪に手を染めるなんて考えられなかった。せっかく貰った休みだが、居ても立っても居られなかった。幼馴染が最後に出した言葉が頭にこびり付く。アレが一体何なのかは断定できないが、真相を確かめたい。その思いだけで体が動く。


明日、探偵事務所に顔を出そう。


俺は赤川が歩いて行った方向とは逆に歩き出した。


《ちゅうに探偵 赤名メイ⑦′′》へ続く。

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