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《ちゅうに探偵 赤名メイ⑪′》
「ぐっ・・・、すまん、不覚をとった・・・!」
静かな病院の廊下でうずくまる藤堂警部の足元には血が垂れていた。彼は右太ももを鋭利な刃物の様な物で刺されたらしく、一人で歩くのは困難な状態になっていた。
「藤堂警部!!!」
『ちょっと、大丈夫ですか!?何かあったんですか!?』
俺たちが駆け寄ると、当直の看護師も異変を感じてこちらに走ってきた。先程まで苦しそうにしていた藤堂警部が強がりを見せながら少し笑った。
「奴は屋上に向かった!行け、お前ら!!」
「でも、藤堂警部が・・・!」
「幸い看護師も気付いてくれたし、部下の浅井たちに連絡するから大丈夫だ、いいから行け!」
俺の心配を跳ね飛ばし、藤堂警部は力強く屋上を指差した。
「・・・行くぞ!」
赤名探偵は、藤堂警部の謎の強がりに圧されたのか、俺たちを声で引っ張った。駆け付けた看護師に後は任せ、エレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。連打しても速くはならないが、どうしてもそうしないと気が済まなかった。
「焦るな。冷静な判断ができなくなるぞ」
「・・・すいません、まさかアイツが刃物を持ってるなんて・・・」
「全く頭になかったな。私も、犯行に使った鈍器類しか持っていないと思っていたからな」
赤名探偵は腕を組んだ。
「でも、何で中林は逆上した時に刃物を出さなかったんですかね?」
ジャスティスこと白井の言葉に、俺と赤名探偵の言葉が詰まる。
「・・・・・・」
「ただ刃物の扱いに慣れていなかったのか、あるいは・・・」
あるいは・・・?
俺は赤名探偵の最後の言葉に気を取られたが、そんな会話をしているうちにエレベーターは屋上に着いた。ゆっくりと扉が開くと、俺たちは一目散にテラスへと飛び出した。そしてそこには、頬に一筋の涙を滲ませた中林がテラスの真ん中にこちらに背中を向けて立っていた。
「中林!!!」
赤名探偵の声は、少し荒れていた。それは自分に殺意を抱いた相手と対峙しているからではなく、先程エレベーター内で話していた事についてだろう。
「もう逃げられない。観念するんだな」
今度は静かな口調で、中林に話し掛けた。当の本人は黙ったままだ。
「お前をそこまで動かすものは、やはり『怒り』か?」
中林を纏う空気がピリッとした。手にはナイフを握ったままだった。俺は奴がいつでも襲ってきても良いように身構えると、中林も体を半身にし、首だけこちらを向けて睨みつけた。病室で見た時とはまるで別人になっており、今の中林は何をしでかすか分からない状態だった。
「・・・何も知らないくせに、俺の事を捕まえるだのなんだの言いやがって・・・」
「君の悲しみも、怒りも分かる。ひとまずその手に持っているナイフを離してみてはどうかな?」
ジャスティスこと白井が、男をも虜にしそうな言葉で中林の説得を試みる。
「うるせぇ・・・それが俺をバカにしてるって言ってんだよぉ!!」
中林の叫びはフェンスしかない屋上に響いた。
「いつだってそうだ・・・。世間は俺をバカにしてる!どこ行ったって認められねぇんだよ!!」
奴の目からは再び涙が流れ落ちた。
「学生の頃も親にバカにされ、同級生にもバカにされ、社会人になったって大島にバカにされた!!!俺はそんな世の中に嫌気がさしたんだよ!!」
その言葉には重みがあった。そしてナイフを振り上げた。
まさか・・・!!
俺がそう思ったのも束の間、中林は振り上げたナイフで自分の腹を刺した。
「ぐぁっ・・・!!」
赤名探偵が言ってた『あるいは』の件はこれか・・・!
痛みでよろめく中林。そしてもう一度ナイフを振り上げたところを、ジャスティスこと白井は隙を突いて中林に体当たりを食らわす。衝撃でナイフが落ち、中林自身もフェンスに激突した。
「こんな事は止めろ!お前に得なんて無いんだぞ!」
こんなに感情的な彼を見るのは初めてかもしれない。今まで冷静に物事を対処してきたであろうジャスティスこと白井。まるで昔の自分に言ってるかのように、中林の胸ぐらを掴んだ。
「こんな事したって、失った物は戻ってこない!お前がやってることは、ただのガキのワガママに過ぎないんだよ!!」
無理やり立たせると、中林は力なくダランとしていた。そして腹部の刺し傷を確認する。そこからは血が滲み出ていた。
「赤名探偵、すぐに医師に連絡を」
「気を抜くなジャスティス!!」
「え・・・?」
赤名探偵の言葉を聞いてジャスティスこと白井は中林に目を向けたが、奴は一瞬の隙を突いて掴まれた胸ぐらを振りほどいてフェンスへと足を掛けた。
「嘘だろ、おい!!」
俺の叫びを残したまま、中林は屋上のフェンスを乗り越え飛び降りた。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑫′》へ続く。
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