⑫′
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑫′》
ジャスティスこと白井は、自分の失態を嘆いた。
「クソッタレ!ここ8階だぞ!?」
俺は目の前で起きた事に一瞬頭が追い付いていなかった。ジャスティスこと白井の手を振りほどき、自らこの病院の屋上から身を投げた中林を目で追う事しかできず、言葉を飲んだ。
「・・・今回は助けられたな」
「何言ってるんですか!人が落ちてるんですよ!?」
俺はようやく取り戻した言葉を放ちながら中林が乗り越えたフェンスへ駆け寄り、身を乗り出した。そこには、目を覆いたくなるようなモノがあると思い込んでいたが、現実は違った。
「あ、あれ・・・?」
「言ったろ?助けられたって」
俺が身を乗り出して見た光景は、まるでそこに中林が落ちてくるかの様にセッティングされた、幾重にも重なって救助用マット並みになった布団だった。そしてその上には中林が倒れており、自分で刺した腹を上にして気を失っていた。本人は死ねると思っていたのだろう。俺は安心しきってその場に膝から崩れ落ちた。
「何だよビックリさせやがってぇ・・・」
大きく溜め息を吐いた俺の肩にジャスティスこと白井は手を置いた。
「すまなかった。僕が油断していなければ、ブルーマウンテンにまで心配掛けさせなかったな」
相変わらずキザに笑ってみせたジャスティスこと白井も、俺の前では平静を装っていたが、心臓の鼓動が俺には聞こえていた。
この人も、ちゃんと人間なんだなぁ。
まるで超人博覧会の中にいるような錯覚さえも起きてしまう赤名探偵事務所のメンバーも、こういう人間味があるところを発見できたことは大きいかもしれない。本人に聞かれないように喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺はゆっくりと立ち上がった。
「さぁ、後のことは警察に任せて、私たちは帰ろう。早くしないと、私は補導される時間になってしまう」
そういえばこの人中学生だったな。
俺は赤名探偵が自分より遥かに年下だったことを思い出し、エレベーターで地上に降りた。
そして次の日、俺は赤名探偵と共に、鯱ヶ丘(しゃちがおか)2丁目にある老舗の喫茶店、【スターゲート】へやって来た。外はまだ明るい。目的はそう、今回の第1の被害者、大島 英治(おおしま えいじ)さんの娘さん、咲(さき)ちゃんに依頼完了の報告をするためだ。彼女は既に店内で待っており、マスターからの奢りでオレンジジュースを飲んでいた。
「遅くなってゴメンね、咲ちゃん」
「いえ、私も今来たところです」
オレンジジュースの減り具合から、間違いなく今来たところではないだろうが、受け答えは完璧だった。
この年でここまでの返答されると、成長したらさぞ男にモテるだろうな。
しみじみそんな事を思っていると、赤名探偵が咲ちゃんの前に座り、口を開いた。
「さて、今回の咲ちゃんからの依頼の事なんですが。ひとまず犯人は捕まりました」
咲ちゃんの口から安堵の息が漏れた。緊張から緩んだ頬は小学生を取り戻していたが、赤名探偵の次の言葉に、咲ちゃんは再び頬を強張らせた。
「つきましては、依頼料の件なんですけど・・・」
え・・・こんな子供からも依頼料取るのかよ!?
俺は正直幻滅した。いくら依頼だからってそれはないだろう、と異議を申し立てる為に立ち上がろうとした瞬間、赤名探偵は俺の考えを見透かすように口を開いた。
「今回の依頼は、【お父さんを襲った犯人を捕まえる】事。結果的には警察により捕まりはしたが、私たち赤名探偵事務所は、犯人を逃亡させてしまいました。ですので、依頼は失敗。咲ちゃんから依頼料をもらうわけにはいかないのです」
え?
「これが私たちからの報告書になります。お家に帰って、お母さんとよく読んでおいてくださいね。それでは、今日はこれで・・・。行くぞ、ブルーマウンテン」
と急に立ち上がった赤名探偵の後ろを着いていき、出口付近で一度振り返る。咲ちゃんは軽く放心しており、俺の会釈にも気付いていない様子だった。心なしか涙が流れているようにも見え、俺は見て見ぬ振りをし、喫茶【スターゲート】を後にした。
「良かったんですか?」
俺は、少し意地悪な質問をしてしまったかもしれない。
「・・・何がだ?」
「いえ、何でもありません」
俺は嬉しかった。赤名探偵の中にも人情があることに。俺の頬が緩んでいると、いつのまにかジーッと赤名探偵に見つめられていた。
「な、何ですか!?」
「・・・お前、少し休んだらどうだ?うちに来てから休んでないだろ?」
そういえば、赤名探偵事務所に入ってからは何かと事件や仕事で休む暇なんてなかったな。
「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらいます」
俺はその言葉に甘えて、2、3日休暇を取ることになった。しかしその先でも事件が待っている事を、俺は知る由もなかった。
《ちゅうに探偵 赤名メイ①′′》へ続く。
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