⑥′

《ちゅうに探偵 赤名メイ⑥′》


ピンポーン・・・


昼間の駅前のアパートの2階に、その呼び鈴は響いた。程なく、男性の声がドアの向こう側から聞こえた。


「はいはい。お待ちしてましたよ刑事さん!」


ドタドタと足音を立てて中から出てきたのは二十代の男性だった。中林 丈(なかばやし じょう)、今回の連続通り魔事件の第2の被害者だ。額に大きめのガーゼが貼られており、茶髪にピアスをし、今時の若者の様な出で立ちの彼は、俺らを部屋に招き入れた。間取りは10畳1R。休みなのか窓際に仕事着が干され、室内は、先程の小宮山の部屋とは真逆で物がほとんど落ちていなかった。家具もテレビと冷蔵庫、電子レンジぐらいしか置いておらず、洗濯機はベランダに出ていた。


「いや〜、また刑事さんの方から話をしたいと言われた時はビックリしましたよ。俺は、まさか犯人が捕まったのかと思ってましたけど・・・、実際どうなんですか?犯人、捕まったんですか?」


よく喋る男だな〜・・・。


明らかに怪訝な顔をした俺に軽く肘を当てた赤名探偵の顔は、真剣だった。藤堂警部は、やれやれ、と言った表情をしていた。確かに、コイツの事情聴取は疲れそうだ。


「中林さん、改めて聞きますけど、あなたは本当に、誰からも恨まれるような事はないんですね?」


藤堂警部が切り出した。俺は一言一句聞き逃しがないように神経を集中させた。


「事情聴取の時も言いましたけど、俺、ダチは多いんすけど恨まれるような事は何も・・・。あーでも、一回だけ酒に酔って口論になった奴ならいますけど」


「それは事情聴取で聞いている。次の日和解したんだろ?」


ふむ、酒に酔ってケンカか。


「えぇ。今もそいつとは月に2、3回飲みに行きます」


恨みの線は無さそう、か。


「そういえば風の噂で、俺以外にも被害者がいると聞いたんですけど、他の人らは大丈夫なんですか?」


「ん、あぁ、2人とも命に別状はない。ただ、最初の被害者の方は入院してるがな」


自分以外にも被害者がいるって、どういう気持ちなんだろうか。


俺がそんな事を考えていると、赤名探偵が口を開いた。


「中林さん、病気は、もう良いんですか?」


またその質問かよ!


「あ、あぁ、まだ半年に一回健診を受けているけど、大方良くなってるよ」


俺のツッコミが先か、中林さんが答えるのが先か分からなかったが、その言葉を聞いて赤名探偵は満足そうだった。


「そうですか、ありがとうございます」


と、再び俺らに合図をしないで立ち上がり、一礼して玄関へと向かった。またしても意表を突かれ、ジャスティスこと白井以外の俺と藤堂警部は慌てて立ち上がり後ろを付いていった。そして俺たちも中林さんに一礼し、部屋を後にした。


「中林さんのところでもしたあの質問、一体何だったんですか?」


ドアを閉め、一呼吸置いたところで、俺は口を開いた。先程小宮山さんのところでもした『病気は大丈夫なのか』という質問。今のところ小宮山さんが『病気・・・?』と聞き返し、中林さんが『半年に一回健診を受けている』と答えただけ。赤名探偵の質問の中にどんな意図があるのか、俺にはさっぱりだった。


「さっきも言ったが、これは私の勘だ。まだ答えを教えるわけにはいかんのだよ」


得意げな表情を何回見たことか。しかしこの表情の時は、事件の何かが分かった時や進展している時だ。今は赤名探偵の『勘』を信じて捜査するしかないのだが、やはり容疑者に繋がるモノは何一つ浮かんでこない事に、俺や藤堂警部、ジャスティスこと白井は天を仰いだ。そんな俺たちを見た赤名探偵は、溜め息混じりに藤堂警部の肩に手を置いた。


「さて、飯でも食いに行くか。藤堂警部のおごりで」


待ってました!


俺はあからさまに疲れが吹き飛んでいた。


「・・・僕には大体分かってきたよ。赤名探偵が何故あの質問をしたのか」


ジャスティスこと白井は、唐突に真剣な表情をしていた。それを目で赤名探偵に合図をすると、2人して意味深に含み笑いをしてみせた。俺には未ださっぱりだ。と藤堂警部を見ると財布の中身を確認していた。


「とりあえず、藤堂警部のオススメの飯屋にでも案内してもらおうか」


藤堂警部がパトカーの運転席に乗り込む前に赤名探偵は既に後部座席へと座っており、指揮を執っていた。俺たちもそれぞれ乗り込むと、程なくパトカーは発進した。その姿を睨みつける何者かの視線があるとも知らずに。


《ちゅうに探偵 赤名メイ⑦′》へ続く。

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