④′

《ちゅうに探偵 赤名メイ④′》


「すいません、遅くなりました!」


落ち切った陽を背中に、俺は鯱ヶ丘(しゃちがおか)2丁目にある老舗の喫茶店【スターゲート】の扉を開けた。昔ながらのカランコロン、という扉が開いた事を告げるベルの音に懐かしみを覚えながら店内へ入っていくと、向かって左側に6席のカウンター。右には4人掛けのボックス席が4つ、計22人が同時に座れる程の広さだった。右奥のボックス席には隣同士に座る赤名探偵とブラックサンダーこと黒柳、そして向かいには、小学生ぐらいの女の子が座っていた。それぞれ目の前には飲み物があり、赤名探偵が暖かい緑茶、ブラックサンダーこと黒柳はアイスコーヒー、小学生ぐらいの女の子の前にはオレンジジュースが置かれていた。


「遅いぞ、何してた」


「すいません、道が混んでて・・・」


俺は平謝りしながらも、目は見知らぬ女の子に向いていた。藤堂警部はいつのまにかカウンターに座ってタバコを吸っていた。


「・・・まぁいい。早速だが、会わせたい人というのはこの子だ」


と、赤名探偵は目の前に座っている女の子を紹介した。女の子は立ち上がり、ペコっと頭を下げた。そして俺はある事に気付いた。


「あ・・・!さっき犯行現場にいた子、だよね・・・?」


女の子は頭を傾げたが、俺の見間違えではなさそうだ。パトカーから見た程度だが、その外見は忘れたくても忘れられないだろう。それは何故か。可愛いからだ。黒く光沢のある背中まである髪、クリックリの目、小さめの鼻と口。俺が小学生なら間違いなく惚れているだろう。


しかし俺の周りは可愛い人が揃うなぁ・・・。


俺がそんな事を思っていると、その子は小さな口を開いた。


「あ、あの・・・、お父さんを襲った犯人を、捕まえてください!」


見た目から裏切らない可愛らしい声から生まれたのは、意外な言葉だった。


「へ・・・?捕まえるのは警察の仕事・・・って、この子、もしかして・・・」


アホな声が出てしまったが、赤名探偵は気にしなかった。


「あぁ、最初の被害者の大島 英治さんの娘の『咲(さき)』ちゃんだ」


咲ちゃんは頭を下げ、再びソファに腰掛けた。その礼儀正しさからは、両親がちゃんと教育をしている現れだった。


「まぁ、お前も座れ」


そう促されて隣のボックス席に腰掛ける。フカッと尻を包み込む柔らかいソファは、いつまでもここに居たい、と思わせる程だった。


「しかし、どうして大島さんの娘さんがここに?」


「咲ちゃんからの正式な依頼だ。大島さん以外にも被害者がいるそうだな」


俺の問い掛けにサラッと答えた赤名探偵は、後半の言葉をカウンターで我関せずとタバコを吸っている藤堂警部に投げ掛けた。トンッと灰皿に灰を落とすと、藤堂警部はこちらに振り向いた。


「ん、あぁ、マスコミには出してないがな。何せ3夜連続で起きてる事件だ。警察も厳戒態勢で臨んでいるが、未だ容疑者すら割り出せていない・・・って・・・何で被害者が他にいる事をお前さんが知ってんだ?」


藤堂警部が身を乗り出して驚いている中、赤名探偵は席を立ち、鼻高々にスマホの画面を彼に見せた。そこにはジャスティスこと白井からのメールがあった。昼間見せてもらった手書きの捜査資料を簡潔にまとめられた文章があり、それを見た藤堂警部は、はぁ〜・・・、と溜め息まじりに手のひらで顔を覆っていた。


「普通に情報漏洩(じょうほうろうえい)じゃねぇか・・・。ったく、お前の部下は出来るんだか抜けてるんだか・・・。まぁ、俺も警察署内の捜査資料を書き写して持ってきてる時点でグレーゾーンなんだがな」


いや、たぶんアウトだろう。


俺が心の中でツッコミを入れ、赤名探偵はフフン、と鼻を鳴らし、ブラックサンダーこと黒柳は静かにアイスコーヒーを小さめのストローで可愛らしく飲んでいた。そして赤名探偵はそのまま席に戻り、これからの事を話し出した。


「こうして正式に依頼があったという事は、もうお前らだけの事件じゃ無くなった。私達もこの事件を解決に導く義務がある・・・いや、義務と言ってはこの子に失礼だな」


と、赤名探偵はわざとらしく咳払いをした。これから良い事を言いますよ、とアピールしているようにも見えた。


「この子の為にも、1日でも早く、いや、1時間でも早く解決するよう尽力(じんりょく)しよう」


いや、普通のコメント!


「その為にも、警察が既にやってるとは思うが、被害者である大島さん、中林さん、小宮山さんの3人から、再び話を聞く必要がある。藤堂警部、手配できるか?」


赤名探偵が振ると、藤堂警部はタバコの煙をフゥー、と天井に向けて吐いた。


「『手配できるか?』なんてお前さんらしくないな。いつも通り、『手配してくれ』で良いんだよ」


藤堂警部はタバコを消してニカッと笑った。やはり赤名探偵にそれなりの信頼があるのか、探偵事務所全体で動く事が決まると顔付きが変わっているのが分かった。


「よし、それじゃ明朝(みょうちょう)、早速小宮山さんのところに行こう。ジャスティスにも伝えておけ」


「え、第1の被害者の大島さんのところじゃないんですか?」


俺が問い掛けると、赤名探偵は再びフフン、と笑っていた。


《ちゅうに探偵 赤名メイ⑤′》へ続く。

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