《ちゅうに探偵 赤名メイ⑤》


夜になり、日ノ本商会の会長は姿を現した。茶色のブランド物のスーツに身を包み、洒落たハット、ストールをも巻きこなす格好は、誰がどう見ても会社のお偉いさんだ。俺は入社式の席でしか見たことがなく、面識はない。しかもその入社式の席というのもかなり後ろの方で、顔はハッキリと見えた試しがない。今回尾行するのが自分が働いていた会社の会長だという認識は、あるようで無かった。


「どこに行くんだ・・・?」


俺は電柱の後ろに隠れ、日ノ本商会の会長こと水本 麒一郎(みずもと きいちろう)の後を付いていく。もちろん尾行術は、テレビドラマの見よう見まねだ。


にしても、ブラックサンダーもどこ行ったんだ?


俺は先程、ちょっと物を借りてくる、と言ってから姿を見せないブラックサンダーこと黒柳が心配だった。新人1人に尾行を任せて遊びに行ってるんじゃないかと疑う程に時間が経過しており、何より心細かいことこの上ない。


早く戻ってきてよ〜・・・。えっ!?


一瞬目を離した隙に、前を歩いていた水本が大通りに出、手を挙げてタクシーを止めたのだ。そしてすぐに止まるタクシー。夜の大通りでは目立ちにくい色のスーツを着用する彼からは異様なオーラが出ているのか、その手を挙げた水本の前には何故か複数台のタクシーが止まってしまった。水本を乗せたタクシーは走り出し、夜の繁華街へと消えていこうとした。


「マジかよ・・・!」


俺も大通りへ駆け出し、すぐさま手を挙げてタクシーを止めようと手を挙げた。が茶色のブランド物のスーツにはすぐ止まったタクシー達は、同じ会社のタクシーであろうと青色の安物のスーツ相手には止まろうとしなかった。


何だよー・・・。一台ぐらい止まってくれても良いじゃねぇかー・・・。


と焦っていると、少し後方から来たタクシーが目の前に止まってくれた。俺は急いで乗り込み、行き先を告げる。


「とりあえず真っ直ぐ!ある車を追ってほしい!」


「おっ、事件か何かですかい?」


事件、か。猛る響きだな・・・。


「申し訳ありません、ちょっとそれは言えません!」


タクシーの運転手はニヤッとしながら振り向いた。


「分かっていますよ。新人の探偵さん?」


帽子を取ったタクシーの運転手は角刈りだった。


ブラックサンダーかよぉ・・・!!


律儀に制服や手袋まで用意したブラックサンダーこと黒柳。真面目になって損した気分だ。


「で?どの車を追えば良いんだい、お客さん?」


「ちょっと待ってください、探します」


遠くのギラついた闇に目を凝らす。お目当ての車のある特徴はもちろん覚えていた。


「あれだ!」


指をさしたのは、見た目何の変哲のない、ありふれた形のタクシー。夜なので色は黒だか紺だか曖昧だが、その車には他とは違う特徴があった。


「ナンバーでも覚えていたのか?」


「いや、あの一瞬じゃナンバーなんか見えやしませんよ」


「じゃあ何故判別できたんだ?」


ん?ブラックサンダーには分からないのか・・・?


俺は、探偵歴が長そうなブラックサンダーでも見抜けなかった事を自分が見抜けた事が嬉しく思い、思わず後部座席からシートベルトを限界まで伸ばして身を乗り出した。


「マフラーの音です。奴の乗ったタクシーのマフラーの音は、同じ会社のタクシーのモノに比べて少し低い音がしていました。恐らく改造してあるんでしょう。会社の所有する車ですから派手な改造はできませんからね」


俺の説明に、ブラックサンダーこと黒柳は感心していた。そして再びニヤッと笑うと、やっぱりな、と呟き、車の速度を上げた。


「大したヤローだ。・・・おっ?止まったみたいだぜ」


加速してからの急ブレーキはやめて下さい、と言いたいほどにシートベルトに体を食い込ませた。


うぐっ!痛たた・・・。


顔をあげた時には既に、ブラックサンダーこと黒柳は車外に降りていた。俺もすぐにシートベルトを外して降りた。水本が入っていこうとした先は、とあるキャバクラだった。


「おいおい・・・。ただのキャバクラ通いじゃねぇか・・・。まぁ、写真は撮っておくか」


フラッシュをたかないように5、6枚シャッターを切った。そのファインダー越しに見る水本の顔は、呆れ返る程に頬が緩み、自分はコイツの下で働いていたのか、と思い出し、妙に苛立った。

そして2、3時間が経過した頃、水本が1人の女性を連れて姿を現した。腕を組んで歩き、側から見たら恋仲の様にも見える2人は、店を後にすると路地裏へと歩いていった。


まさか・・・。


俺の心臓の鼓動は速くなって行った。ブラックサンダーこと黒柳と頷き合い、2人が歩いて行った方へ向かった。


《ちゅうに探偵 赤名メイ⑥》へ続く。

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