④
《ちゅうに探偵赤名メイ④》
そして俺たちは探偵事務所へと戻ってきた。各々デスクへ向かうと、今後の捜査の方針を話し始めた。
あれ、そういえば俺のデスクって・・・?
とウロウロしていると。赤名はそれを見透かすようにダンボールを組み立てた。
「新人のお前にデスクなどあるわけないだろう。今日のところはこれで我慢しろ」
マジかよ・・・。
と恨めしそうに視線を送るが、誰も助けてはくれなかった。赤名は構わず続けた。
「改めて確認するぞ」
うわー、何だこの分厚い資料・・・
渡されたのは依頼人の情報なのだが、その量が尋常じゃなかった。顔写真、生年月日、家族構成、趣味嗜好、経歴、などなど。短編小説並みの量だった。
「行き渡ったな。私とアーサー、ジャスティスは聞き込みだ」
2人は資料を片手に頷いた。
「ブラックサンダーとブルーマウンテン、2人は依頼人の夫の尾行」
良し来た!探偵っぽい。
俺は黒柳の方を見た。何とも頼もしい顔をしており、腕を組んで意気揚々と鼻を鳴らしていた。しかしこの大きな体で尾行は大丈夫なのか?と少し心配になるが、赤名が信頼を置いて指名しているのだと思うと、心強いことこの上なかった。
「ピンクガーデン、お前はいつも通りフリーだ」
「はーい!」
え、フリー・・・?
一瞬耳を疑ったかと思った。が、当の桃園本人はノリノリで支度を始めた。
「では、私は先に行ってきまーす♪」
彼女は書類をまとめると、足早に事務所を出て行ってしまった。
「よろしくな、ブルーマウンテン」
サングラスの奥からはキラリと光る目が。そして俺たちは夫の尾行をするべく、街へと繰り出した。まず最初は、対象の仕事場だ。
電車を乗り継いで約1時間。俺たちはとある大きな会社の目の前へと来ていた。
あれ、ここって・・・。
俺は見覚えのある場所に目を疑った。
「どうした?」
「ここ、俺が前にいた会社です」
「ほう・・・それは何と因果な」
日ノ本商会(ひのもとしょうかい)は俺が前に働いていた場所。営業成績を伸ばすためには如何なる手段も黙認する会社で、しかも他人を蹴落とす事に関しては社員のほとんどが精力を注ぐため、人間関係は劣悪この上ない。俺は周りの声がうるさいのと、そんな会社の方針が嫌で一年で退職した。しかしそんな環境でも穏健派はおり、幸いな事に俺の直属の上司はそちら側だったため、退職の相談をしたところ、その上司の知人の紹介でこの『赤名探偵事務所』に来た、というわけだ。
「しかしまぁ名前聞いて分からんかったもんか?依頼者の夫がここの会長だと」
黒柳は腕を組んでいた。スーツ姿の社員が行き来する中、角刈りサングラス、アロハシャツに黒いハーフパンツ姿のムキムキな男は、やはりこの場には相応しくなく、浮きまくっていた。
「苗字が違ったので何とも・・・」
俺は未だに信じられなかった。
「・・・まだ、この会社に未練はあるか?」
・・・正直、あると言えばあるし、無いと言えば無い。チラつくのは唯一味方してくれていた上司の事だ。
そんなノスタルジックな雰囲気を味わっていると、少し遠くから、その上司が自動ドアから出てこようとしているのが見え、慌てて身を隠すために生垣の影へと移動した。俺は急に、苦しかった思い出の方が多いはずなのに、楽しかった思い出が脳裏をよぎった。当時の上司は、誰かと電話しているようで、笑っていた。
『えぇ、お陰様で好調ですよ。部下の成績も右肩上がりで』
そうか・・・。元気でやってるのか・・・。
上司や同じ部署の連中が上手くやっているだけでも、俺の気持ちは心なしか穏やかになっていた。穏健派の上司が言うんだ。正攻法で成績を伸ばしているのだと確信した。が、その上司が次に口にした言葉に、俺は耳を疑った。
『これも全部、アイツが辞めてくれたおかげですよ!がぁっはっはっはっ!!』
え・・・?
あまりにも唐突に訪れたその言葉は、俺に考える事を止めさせた。
アイツって、まさか・・・。
『え?青山ですよぉ、青山 凌!あの少し陰口叩かれたぐらいで辞めたアイツですよ』
嘘、だろ・・・?
冷や汗が止まらなかった。信じていたはずの上司にそんな風に思われていたなんて微塵も思っておらず、俺の思い出は、音を立てて崩れていった。うなだれていると、黒柳が肩に手を置いた。俺はその暖かさを感じとると、意を決し、顔を上げた。
「黒柳さん・・・、いや、ブラックサンダー。先程あなたは、未練があるか、と聞きましたね?」
彼は頷いた。
「その未練。今、無くなりました。この腐敗した世の中を正すために、ここの会長の浮気、暴いてやりましょう!」
そして俺たちの尾行生活が始まった。
《ちゅうに探偵 赤名メイ ⑤》へ続く。
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