⑥
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑥》
路地裏を覗き込むと、そこは誰がどう見てもホテル街だった。
「クロ、だな」
とブラックサンダーこと黒柳は呟いた。そして彼もデカイ図体の割に小さなデジカメでフラッシュを焚かず、ファインダーも覗かずにシャッターを切っていた。
「後は奴らが入っていくところを写真で押さえれば、今日は解散だな」
ふぅ・・・。何とかすんなり行ってくれて良かった。
俺は初仕事がこんなに順調に行ったことに安堵した。
2人は相変わらず仲睦まじく歩いていたが、その時は急にやってきた。組んでいた腕を水本が解いたと思ったら手を繋ぎ直し、とあるホテルの入り口から彼女の手を引っ張って入っていってしまった。案の定、その女は足が追いつかなくて小走りの要領で入っていった。
あれ・・・?なんだろう、この光景どっかで見たような・・・。
俺は覗いたファインダーから見えたとある事に既視感(きしかん)を覚え、シャッターを切るのを忘れていた。
あ、やべっ!
気付いた時には2人の姿はなかった。しまった、と頭を掻いていると、ブラックサンダーこと黒柳が俺の肩に手を置いた。振り向くと、小さなデジカメを見せびらかしていた。
「ちゃぁんと収めたぜ。今日はもう遅い。近くまで送っていくぜ」
俺たちは、借りたタクシーの中で今後の予定を話し合った。明日以降は俺が朝、昼は2人で、ブラックサンダーこと黒柳は夜の尾行をするという分担になった。期間は1週間と決めた。初日に撮れた写真以上に水本 麒一郎が浮気をしている証拠をバンバン掴み、言い逃れできないようにする。家まで送られるまでに決まった事を手帳にメモするが、頭の中では先程ホテルの入り口で見た光景がループしていた。
「・・・ねぇ、ブラックサンダー・・・」
「どうした。う○こか?」
「違います!・・・デジャブって本当にあると思います?」
彼は少し黙った。突拍子もなくて言葉に詰まっているのか、考えているのかは定かではないが、口を真一文字に結んだ。そして体感的には数分が経った頃、ブラックサンダーこと黒柳は口を開いた。
「お前が何を見て、どう感じたかは分からないが、デジャブがあるとすれば、それは忘れちゃいけないもんだ。無いと思うなら、ただの勘違いだ」
妙に説得力のある言葉に、俺は圧倒的に年下だが感心してしまった。今日一日、ふざけるとまでは行かないが、仕事に支障をきたさない程のボケをかましてきただけに、そのギャップの振り幅は大きく、急に尊敬できる大人がそこにはいた。
「・・・そうですよね。ありがとうございます」
「あ、居酒屋でも寄ってくかい?」
「飲酒運転はダメです」
前言撤回。この人はやっぱり俺の想像通りの人なのかもしれない。
そうこうしている内に、借りてきたタクシーは俺が住んでいるアパートの目の前に着いた。俺が降りようとしていると、ブラックサンダーこと黒柳は俺を止めた。
「ちょっと待った」
「え、どうしたんですか?」
俺は不測の事態かと思い、降りるのを止めた。深刻そうな顔に少し心配なり、まさか今日撮った写真が撮れていなかったのではないかと疑った。が、その心配は杞憂(きゆう)に終わった。
「お客さん、お金払ってないですよ?」
俺はドアを思いっきり閉めた。声は聞こえなかったが、恐らく車内の彼は笑っているだろう。俺を一通りからかい終えると、親指をグッと立てたのを見せながら、タクシーは去っていった。
「何だったんだよ、まったく・・・」
仕事から解放されたからか、ブラックサンダーこと黒柳から解放されたからかは分からないが、疲れが一気に出てきた。階段を上りながら鍵を取り出す。俺の部屋は日当たりの良い角部屋だ。しかし普段ならそう大して感じないのだが、今日はやたらと部屋まで遠く感じる。
あぁ、やっぱり今日は濃い1日だったんだな・・・。
と染み染み思い、ふとスマホを取り出す。するとメールが5件溜まっていた。またいつものメルマガだろう、と思って開けると、赤名探偵事務所のメンバーからだった。そう言えば持って行った書類の中にメールアドレスを書いたものもあった事を思い出しながら部屋の鍵を開けて中に入った。『これからよろしく』という内容を、それぞれ個性的にくれていたみたいで、俺は全部に返信しようとした。桃園は可愛く、白井はキザな言い回し、藍沢は子供なのか大人なのか分からない文面、黒柳はシンプルだったが、他の4人とはやはり違うのは赤名のメールだった。
「何々・・・。『我が探偵事務所へ来てくれた事、感謝する。話はブラックサンダーから聞いているから、気がすむまで尾行するが良い。それでは、また連絡する』か。なんかやっぱり、言葉にクセがあるよなぁ〜・・・」
少し笑いながらも俺は全てに返信し、俺は次の日を迎えた。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑦》へ続く。
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