変な話なんだけど聞いてくれる?

suzukichi

第1話

「すごく変な話なんだけど、聞いてくれる?」

塾の授業が始まる前、ぼんやりと参考書を眺めていたマサルに近づいてナナが言った。

「何いきなり」

 顔をあげたマサルの前の席に、すでにナナは腰を下ろしてこっちを見ていた。

「私今日ここまでバスで来たのよ」

「毎日そうだろ」

「あんた霊感ある?」

「話が読めないなあ。霊感は今のところ無い」

「私も無いと思ってたのよ。でもね、わからなくなったの」

「幽霊見たのか?」

「かもしれない。18年生きてきての快挙かも」

「快挙…」

 同じ高校のナナは、マイペースながらバカではないので、くだらない話はしない。というか、受験や勉強に関する話以外ほとんどしたことがない。こっちが退屈するような自分のまわりの出来事など話すヤツではないので、突然の怪談らしき話には、「無関心星人」と呼ばれているマサルも、ちょっとだけ興味を持った。

 いたって真面目な顔でナナが話した内容はこんな感じだった。


今日も5時10分のバスに乗ったのよ。バスの中に立っている人はいなくて、三分の二ほど席が埋まってる状態。だいたいいつもそんな感じ。私は真ん中の乗車口から入って後ろの二人掛けの席に座るの。だから停留所に止まるとバスを待ってる人が窓から見えるのね。最初の停留所でお客さんが降りるためにバスが止まったの。でも停留所には誰もいなかったから、乗車ドアは開かなかった。で、次の停留所では今度は降りる人がいなかったから、前の降車ドアは閉まったままだったんだけど、乗車ドアが開いたの。私ぼーと前を見てたんだけど、誰も乗ってこないのよ。あれっと思って窓から外を見ると停留所には誰もいないの。ちよっと間を置いてからドアが閉まって、バスはまた動き出したの。で、そこから二つ目のバス停。今度も降りる人はいない。でも乗車ドアはまた開いた。やっぱり誰も乗ってこない。あれっ?っと思ったのは私だけじゃなくて、前の席に座っていた親子連れの子供の方がね、首を伸ばして窓からバス停を見て「誰もいないよ」って言ったの。お母さんの方も首を横に曲げて、「そうね」と変な顔したの。ドアの真正面に座っていたおばさんも、乗車口から外を見て変な顔してたわ。

それで終わりだったら、まだ私はここで話をしてないと思う。同じことがまた二つ先のバス停でも起こったの。子供はまたバス停をのぞき込み、お母さんは首を横から後方にめぐらせて、私と目が合ってすぐにそらしたわ。関係ないけどあんまり愛想のない人だった。さっきのおばさんも、ドアの向こうをのぞいて怪訝そうな顔してつぶやいた。「誰もいないのにねえ…」って。加えて今度は、おばさんの前に座っていたチャラそうな高校生の男子が、立ち上がって振り返ったの。何も立ち上がってまで見ることないのにって、正直思ったけど。そいつはしばらくじっとしてたけど、照れまさそうな顔してすぐに座ったわ。さすがに三回目となると、お客さんは運転手さんの方を見るようになったのよ。だって一番変なのは運転手さんだもの。ちょっとおかしい人だったのなら別だけど、そうでなかったら普通はバスを待っている人がいるから、ドアを開けるわけでしょ。でも誰も乗ってこなかった。バス停には誰もいないとみんなは思った。

重要なのはここからなの。みんなには見えなかったバスを待つ人物が私には見えたの。バス停よりも少し後方。人が立ってたの。どう見たって道路の方を向いてバスを待っている感じだった。違うのよ、不思議なのはそこなの。同じ人物だったのよ。三回とも。顔はうつむいてたんでよく見えなかったから確実じゃないけど、同じ制服着てたの。○○市立の高校の服。女の子だった。ね、おかしいでしょ。みんなには見えていなかった人物が、私と運転手さんには見えていたってことでしょ?

それから先は知らない。私次のバス停で降りたから。降り際運転手さんの顔まじまじ見ちゃった。若いイケメンだった。あんな感じの人初めて見たわ。そっちの方が気になったけど。


ナナはそこまで話すと、頬杖をついてマサルの顔をじっと見た。反応を待っているようだった。

「それが幽霊だったってわけか」

「謎。だから変な話。どう思う?」

 マサルはしばらく黙ってぼんやりと窓の外に目をやっていた。30秒ほどそのまま。ナナも何にも言わずじっとマサルを観察している。しばらくしてマサルが視線をナナに戻した。

「話の中で変な部分は一つだけだ」

「何で?全部変でしょ」

「待っていた女の子が同じ人物であったということだけ。おまえ何でそう思ったんだ。顔をはっきりと見たわけじゃないのに」

 ナナはしばらく考えてから、

「そうねえ。確実じゃないわね」

 とあっさり肯定した。

「でも髪型もおんなじだったわ」

「あのバス停を利用する学校は一つしかない。あそこは女子高で校則が厳しくて、ロングヘアの場合は髪を一つにまとめなきゃいけないんだ」

「ああそうだ!みんな同じ髪型」

「うつむいていたのは、今どきみんなスマホ見てるからうつむいてる方が多い。まっすぐ道路を凝視してるヤツの方が珍しい」

「ま、そうかも」

「まだ変なことがある。おまえ一つ嘘ついたろ?」

「ドキ」

「三つ目の停留所にいたのは制服の子じゃないな」

「…なんでわかったの」

「制服のままバスに乗るというのは、学校の帰りだ。普通に考えれば同じバス停で待つはずなんだけど、○○高校はちょうど二つのバス停の真ん中あたりにあるので両方のバス停を使う可能性はある。けど、三つ目のバス停まで範囲を広げるのはおかしい。三人とも同じ方が幽霊感が出ていいと思ったろ?」

「ごめん。大正解よ。三人の方が怖いじゃない」

「で、本当のところは」

「おんなじような女の子…というか女の人かな。どっちでも言えそうな感じ。パーカー着てリュック背負ってた。でも盛ったのはそれだけ。あとは一切嘘なし」

「ということは、変な部分は消滅した。女の子たちは普通にバスを待ってたんだ」

「でも乗らなかったわよ」

「路線バスじゃない。違うバスだ」

「あそこには一種類のバスしか来ないわ」

「おそらく送迎バス」

「送迎バス?何の?」

「いろいろなバスが考えられる。ありがちなのはスイミングスクール、あと温泉ランドも送迎バスが出てるけど、年齢的にどちらでもないだろ。おそらく教習所」

 ナナが「あっ」という顔をした。

「そうか。私は近所だから自転車で通ったけど、確か送迎バス見かけたことあるわ」

「あのての送迎バスにはわざわざバス停の看板や表示はないことが多い。だいたいの場所で待ってるだけってことがほとんどだ。なんとなくわかるから運転手さんもそれらしき人が待っていると止まってくれる。わかりやすいように、本当のバスの停留所や駅なんかの側に決まっている場合が多いだろ」

「…教習所に恨みのある幽霊だったのね」

「幽霊じゃないよ、人間」

「でも見えなかったのよ。誰にも」

「おまえ見えたろ」

「そう。だから変なの。運転手さんと私にだけ。あ、ちょっと待って。教習所のバスならいつものことだし、路線バスの運転手なら知ってるでしょ?」

「新人だったんだろ?おまえ初めて見るイケメンだって言ってたじゃないか。新人さんなら慣れていないということも考えられる。どっちの客なのか判然としない場合は、一応ドアは開けるだろ」

 ナナは憮然としながらも、小刻みにうなずいた。

「でも、問題はなぜ誰にも見えなかったかってことよ。あの人たちはみんなグルなの?」

「なんのグルだよ。それもちゃんと説明できる。言葉で言うのわかりにくいから、今日帰りのバスで説明してやるよ」


帰り、マサルとナナは塾の前からバスに乗り、最初にドアが開いた停留所で降りた。外はすでに暗かったが、近くには体育館があり大きな照明がついているので昼間のように明るい。

「女の子が立っていたのはどの辺?」

 ナナがその場所に移動する。バスが止まった場合、ナナの前にはギリギリバスの姿はないくらいの位置だ。

「微妙な場所だな」

「他のバス停の幽霊もだいたい似たような場所」

「わかった。たぶん」

「説明してよ」

「バスに乗ってから」

 やってきた路線バスに再び二人が乗り込んだ。乗客は前方に二人だけ。ナナが行きに座った席は空いていたので、そこに座るために段差をあがりドアから二番目の二人がけの席に着く。

「ここからさっきの場所はよく見える」

 マサルが窓から後方に目をやる。ナナがうなずく。

「で、最初に誰もいないと言った男の子はここだな」

 前の席を指し示す。

「そうよ。窓際」

「小さな子供が普通に座っていると、たぶん目しか窓の外には出ない」

「でも首を巡らせば見えるわ」

「子供の視界は狭いんだ。大人に比べて周囲の広い範囲や全体を認識しにくい。だからぶつかるしコケるし飛び出す。やってみなければわからないが、目だけ出した状態でバスの後方にいる人がどこまで見えるか。それに加えて子供の常識的な考え方の単純さだ。バス停のエリアの中に誰もいなければ“誰も待っていない”ととらえるのが子供の常識だと思わないか?」

「お母さんはどうなの?振り返ったわ。絶対見えたわよ」

「確かにお母さんには見えたはずだ。でもおまえが邪魔になったかもしれない。おまえ言っただろ?お母さんが振り返ったとたん目があって、すぐにそらして顔を元に戻したって」

「見えなかったんじゃなくて、そこまで真剣に見る気がなかったってことね」

 マサルはうなずく。

「次はおばさんだ。どこに座ってた?」

 ナナはドアの真正面に近い一人用の席を指さした。

「よし、次信号で止まったら移ろう」

 二人は交差点でバスが止まったとたん、立ち上がった。マサルはナナにおばさんの席に座るように言い、自分は前の席に座る。そして振り返ってナナの顔をまじかに見ていう。

「バス停で止まったら確認しろよ。見えるかどうか」

「うん。でもたぶん見えないわ」

「だろ?ドアから後ろの席は段差があり、一段高くなってる。そのために、ここからだと後方は見づらい。特に席に人が座っていると、窓の外にいる人なんかまず見えることはない。ようするにここでもおまえの存在が邪魔になっているわけだ。おまえはいろんな席から女の子の姿を隠していたことになる」

「つまり、見えたのは私だけで当然てわけか」

 マサルがゆっくりとうなずく。ナナもおなじペースでうなずき返す。

「ようするに、見えないと言ったから見えなかっただけで、他の人からはちゃんと見えていたってことね」

「そう。わざわざ言わないだろ。あそこに女の子がいますよ、なんて」

「実際私も言わなかった」

 ナナはふうっと背もたれにもたれる。

「納得したわ。納得したけど、つまんないわね。おまけに私が降りるバス停過ぎちゃったじゃない。ボタン押し損ねて」

「そうだっけ」

「そうよ。まあいいけど。歩けない距離じゃないし」

「運動になる」

「おっさんみたいなこと言うな」

 そう言ってナナはボタンを押し、次のバス停でとっとと降りて行った。

 バスに残ったのはマサル一人。ぼんやりとバスに揺られていたら、ふいにバスが左に寄り止まった。バス停だ。乗ってくる人がいるのかと思ったが、後ろのドアは開かない。開いたのは前のドア。しかしマサルはボタンを押していない。運転手はじっとしている。誰も降りる気配はない。開いたドアを見つめながら、マサルは心の中でナナに言い残した言葉を浮かべる。

(もう一つの可能性は残ってるんだ。たぶん改めてもう言わないと思うけど。子供とおばさんと後一人変な動きをした人物がいたろ?前方で立ち上がってまでして確認したチャラそうな高校生。彼はバス停の人を確認するために立ち上がったんだろうか。オレは違うと思うなあ。彼はバス停を見るためじゃなく、席をゆずるために立ち上がったんだ。乗ってきた誰かに席をゆずろうとしたっていうのも考えられないことじゃない。彼はすぐにそれが他の人には見えないことに気が付いて照れくさそうに座ったんだ)

 ピーという音と共に前のドアが閉まる。

(オレには見えないけれど、今も他に誰か乗っていたのかもしれない。そしてたった今オレの目の前を通り降りた。行きのバスも、おまえには見えなかったけど、運転手と男子高校生には見えていたっていうのも、一つの可能性としてアリなんじゃないか)

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