成長と能力と歪な親子
少年が『ブラックドッグ』シキ・ヴォルドゥーアと出会い、トア・ヴォルドゥーアとしての道を歩み出してから9年経った
真紅の絨毯が敷かれた長く薄暗い廊下を、1人の青年が歩いている
毛先の赤い薄紅色の長い髪と白い肌は黒の衣服に映え、長いまつ毛の下の紅い目は凛として前を向いている
ふと青年の影が揺れ、それは1匹の獣の形を作ると青年の横に並び口を開いた
『トア』
前を見ていた美しい青年の目は同じ色の目をし、人語を話す犬ーーー彼の父、シキ・ヴォルドゥーアに向けられた
「何?」
『顔色が余り良くないね。それに疲れも見える……能力のコントロール訓練、今日は休んでもいいんじゃないかな?』
「そしたら何時まで経っても僕はシキやウィリアムに守られっぱなしになるよ。僕だってもう19歳だ。戦えなくてもコントロールくらいはできないと」
『トアの能力は上層部も期待を寄せてる。確かに君の力は強力だけど、すべてのかなめはトア自身だよ』
思わず足を止める
隣のシキも足を止め、長い尻尾を軽く振ってトアを見上げてくる
『つまり、力の源も君自身。頑張るのはトアの良いところだけど、無理をして倒れたらどうするの』
つまり、コントロール出来るように頑張るのは良いが無理をするなとシキは言いたいのだろう
獣姿で見上げてくる父の親心に、胸にじわりと何かが広がる
「ありがとう……父さん」
『心配する親の身にもなってよね』
で、結局訓練するの?と聞かれ頷く
トアの力はシキの能力を色濃く受け継いでいるのか、組織内でも強力だがその分コントロールが難しい
『phantom lord』
影を自在に操り、意思すらも持たせることの出来るトアの能力は『影の主』と名づけられた
「今日の訓練はウィリアムに頼もうかな」
『なら思い切りやっても大丈夫だよ。丈夫なだけが取り柄だしねアイツ』
冗談を含んだ会話を交わしながら、トアは訓練場に向かう為に地下への扉を開ける
『Deicide』
1000年前に突如現れ、恐ろしい異能力で世界を恐怖に陥れた異形の女神ニュクスをこの世から抹消する為に作られた、人ならざる人達で構成された組織である
ニュクスを主と崇め、1000年前の災厄を再び齎さんとする団体『使徒』との対立関係にあり、ニュクスの繭から作り出した特殊な武器を持つ使徒を相手に、Deicideは異形や怪異と契約し人間として生きるのをやめることで特殊な異能力を身につけた
そしてトア・ヴォルドゥーアとシキ・ヴォルドゥーアもそのDeicide、『神殺し』の一員である
訓練場には激しい戦闘音が響いていた
ウィリアムが作り出した光の針をバックステップで避け、影を操り盾にする
針が影に呑み込まれ消えると、トアはその影を2丁の銃へと変えウィリアムに向かって発砲した
銃弾はウィリアムに掠りもせず、思わず舌打ちすると彼は口元に笑みを浮かべる
「どうしたトア?そんなんじゃ俺には勝てねぇぞ?」
「黙ってくれるかな」
「おわっ!?お前、本当にシキに似たな……」
銃で気を引いてる隙にウィリアムの足元へ影の蛇を2匹向かわせて両足を捉えようとしたが、寸でのところで避けられてしまう
呆れたような目でシキと似てると言われて、トアは怪訝な顔で首を少し傾げる
「シキに似てるって……親子だし当然じゃない?」
確かに自分とシキは血は繋がっていない
しかし、彼はあの日からトアにとって親であり、兄であり師なのだ
似てくるのは当然のことだろうと思うのだが
「話し方まで似てきてるし」
「安心して。ウィリアムは僕にとって反面教師だから」
「それのどこに安心要素あるんだ?」
そんな会話をしつつも互いを攻める手は止めない
影の剣で斬り掛かるトアと、光の壁でそれを受け止めるウィリアムを少し離れたところでシキは眺めていた
だいぶ、腕は上がったと思う
トアは影のコントロールが上手く出来ないと言っているが、この閉鎖的な組織で外にも余り出してもらえない為ストレスが溜まりそれを発散するのが目的なのだろう
シキは目の先でウィリアムと戦うトアを見て鼻を鳴らす
Deicideの最高幹部の1人であるウィリアムとあそこまで渡り合えるのなら、トアはDeicide内でも上位に入る強さを持っている
そろそろ戦場に出ても大丈夫なはずだ
『もし何かあっても、俺が助ければいいしね』
可愛い息子の為に父が頑張っても良いだろう
上層部は強い異能力を持つトアをニュクス討伐まで温存したいようだが、きっとそうはいかない
戦場のことを何も教えずに突然の大きな戦いに出すのは、親としても師としてもシキには出来そうにないのだ
「っあー!クソ、トア強くなったな」
「それはどうも。優秀な師のおかげでね」
どうやら考え事をしているうちに訓練(という名のストレス発散)は終わったらしい
流れる汗を拭いながら戻ってくるトアに駆け寄りながら姿を人型に変える
何時もは見上げているトアを見下ろすのは、何かこそばゆい感覚になるがこの姿でなければ彼の頭を撫でることも出来ない
実地訓練に関しては、あと少しだけ言わないでおこう
「お疲れ様、トア」
「ん、ありがとシキ」
「相変わらず仲良いなお前ら」
トアとシキの親子仲の良さはDeicide内でも有名だ
特にシキは息子のトアを溺愛していて、目に入れても痛くないという有様である
見上げてくるトアの目元を指の腹で優しく摩ると彼は目を閉じる
元々、トアの目は蜂蜜のような美しい琥珀色だった
シキと契約を交わし魂を繋ぎ合った結果、彼の目は自分と同じ血のような真紅に変わってしまったが、それを少し残念に思う
「汗もかいたし疲れたでしょ。トア、部屋に戻って休もう?」
「んー……うん」
素直にコクリと頷くトアを可愛いなぁと頭を撫でる
ウィリアムから「親バカ」と言われたが、それはシキ自身も重々承知していた
※※※
住居館にある自室の風呂で、シキはトアを膝に乗せゆったりと湯に浸かっていた
19歳にもなった息子と一緒に風呂に入るのはウィリアムにも引かれたが、トアもシキもあまり気にしない
寧ろ突然、今までの生活を変える方が違和感を感じる気がする
「トア、髪の毛伸びたね。切る?」
「シキは短いのと長いのどっちが好き?」
トアの髪は腰まで伸びている
今は頭の高い位置で纏めているが、こうも長いと頭が重いのではないだろうか
「トアはどっちでも可愛いよ」
「そうじゃなくて、シキの好みの話を僕はしてるんだけどね」
そうは言われても、実際トアはどちらも似合うのだから甲乙つけようがないのだ
「どっちも似合うけど、俺は長い方が好きかな」
「…何で?」
シキの肩に後頭部を預けて見上げてくるトアの髪を優しく撫で、綺麗な額に小さなキスを落とす
「トアの髪は綺麗だからね」
薄紅色から毛先に向かうにつれて色が濃くなり、綺麗なグラデーションのかかるトアの髪は目と同じく契約の結果だとしても美しい
元々、中性的で容姿が整っているトアだ。美しいものと美しいものが合わされば、それ以上のものは無い
「じゃあ、背中の真ん中辺りまで切る」
「良いかもね。きっと似合うよ」
そろそろ出ようかと膝に乗ったトアを抱き抱え立ち上がると、シキはそのまま脱衣所へ出る
トアの体を拭き髪を乾かすのもシキは自ら好んでしている
トアもシキの楽しそうな顔を見ると、自分でやると言い出せない
「おやすみ、トア」
「おやすみなさい」
同じベッドに潜り込み、シキはトアの頭を引き寄せる
トアはされるがままにシキにくっつくと甘える猫のように擦り寄って目を閉じ、やがて小さな寝息をたて始めた
それを見届け、シキもベッドサイドのライトを消すと目を閉じる
何処か歪んでいるようにも見える親子関係ではある
だがシキは息子であるトアを愛し、トアも父であるシキを愛しているのだ
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