Deicide

カイ

出会いと契約

幼い頃から、両親が怖くて仕方なかった

母に抱かれて恐ろしい教会へ連れて行かれ、父に女神について幾度も説かれた

幼馴染のあの子だって、女神は世界を救う主だと信じている

でも自分はそんな周りが恐ろしく見えて


だから、逃げ出した



※※※

月の綺麗な夜だった

何時もの様に墓荒らしから墓を守り、影に潜みながら周りを警戒している黒い犬の耳にか細い呼吸音が届く

おそらく子供、そして死にかけているだ

怪異『ブラックドッグ』として何度も人の死は見てきたが、やはり目の前で死なれるのは何度経験しても慣れないものだ

四肢を動かし音の方へ向かうと、月明かりに照らされて1人の子供が倒れていた

元は白かったであろう服は赤く染まり、それがこの子供の命の残り少なさをシキに教える

せめて逝くまでは傍に居よう

そう思ったシキが傍らに寄り添うと、子供の縋るような声が聞こえた


「死にたく、ない……」


まだ10歳にも満たないであろう子供には似合わない言葉に、シキは1度思考を働かせる

この子供なら、構わないだろう


『生きたい?』

「生き、たい……死ぬのは、嫌…だよ……」


死がないシキにとってはその恐怖はわからないが、人にとってはとても恐ろしいことなのだろう

静かに立ち上がると、シキは自らの影に沈む

そして人の姿を象り現れると再び子供に問いかけた


「生きたい?」

「…うん……」

「例え、人でなくなったとしても?」


子供は答えない。しかし、微かな力で触れられた細い指に子供の意志を感じたシキは、その小さな身体をそっと抱き起こす

長い髪に隠れていた子供の顔は血や泥で汚れてはいるが、随分と美しい容姿をしている


「このまま逝かせてしまうのも、勿体ないね…」


腕の中の子供、おそらく少女を抱きシキはまた影へと沈む

夜の教会から、音が消えた


※※※

あたたかい

誰かに抱き締められているような感覚

そっと目を開くと、自分を見下ろす恐ろしく整った男の顔に見下ろされている


「起きた?」


血のような赤い目が、黒髪と眼鏡の向こうで優しく細められる

彼は誰だろう。ここは何処だろう

真っ暗で何も無い、それでもあの教会のような恐怖は感じない

それどころか、この闇に守られているように感じた


「ここは俺の影」

「影?」

「そう。俺が良いと言った人以外は入ることはできないから。安心して」

「うん」


逃げ出して使徒に追われ、何とか教会まで辿り着いたがその後の記憶はない

そこでこの男は自分を助けてくれたのだろう

体の痛みも酷い空腹も今は感じない。影の中では痛みや空腹を感じないのだろうか


「そういえば名乗ってなかったね。俺はシキ・ヴォルドゥーア」

「シキ?さん?」

「シキでいいよ」

「僕は……あれ、何だっけ?」


自分の名前が思い出せない。そもそも名などあったのかさえも怪しいところだ


「トア」

「え?」

「君の名前。今日から君はトア・ヴォルドゥーアだよ」


トア・ヴォルドゥーア

それが、自分の名前だと教えられトアは頬を綻ばせる

地面、と呼ぶには正しいかわからないが優しく下ろされ頭を撫でてきたシキはまるで我が子を見る父親のように優しい顔をしていた


「今からここで、俺とトアは契約をする」

「けーやく?」

「そう、俺達の魂を繋ぐことでトアは俺と同じ時間を生きることなる。そして」


代償として、トアは人ではなく異形となる

怖いかと尋ねられ首を横に振る

1人だったら怖いかもしれない。どんな姿になってしまうのかもわからない

それでもシキがいるのだ

1人じゃないのなら、シキと一緒なら大丈夫だとトアは本能で感じた


「始めるよ」

「うん!」


闇の中で輝く輪の中で向き合い、両手を繋ぎ合う

輪から出てきた金の鎖が2人を何重にもなって囲み、一際強く輝いた

閉じていた目をトアがそっと開くと、自分とシキを胸元から出てきた鎖が繋いでる


『契約完了。これで俺の魂とトアの魂は繋がったよ』


犬の姿になったシキに言われ、これで終わったと気づくがシキは鼻に皺を寄せている


「どうしたの?」

『契約した以上、俺とトアは全てを共有することになる。それはいいんだけど……』


そこまで言った時、突然閃光に襲われシキはトアの服を咥えて影から飛び出す

見覚えのある教会に戻ると、そこには漆黒のコートを纏った青年がトアの体を抱えていた


「よぉシキ、久しぶり」

『ウィリアム……トアの体を返してくれるかな』

「この体はもう抜け殻だよ。トアは君の隣にいるじゃないか」

『魂のままじゃ不安定なのはよく知ってるよね。仮にもDeicideの者なら』


ウィリアムと呼ばれた青年は「まぁまぁ」と笑っている

象よりも大きくなった犬姿のシキに唸り声をあげられてもけろりとしているのは、凄いと思う


「そうだな、俺はDeicideだ。だからお前らを迎えに来たんだよ」

『……わかってる』

「契約を行った怪異はDeicideに入ること。これは義務だからな」

『これからトアに説明しながら本部に行くつもりだったんだ』

「まぁ、300年も契約なんてしなかったお前が契約したっていうから、相手はどんなもんかって気になってさ。子供じゃん。何、お前そういう趣味?」

『うるさいな!趣味じゃないしトアは俺の子として育てることにしたんだ!あとそういうことトアの教育に悪いから言わないでくれる!?』


ウガー!と怒るシキとケラケラ笑っているウィリアムを交互に見て、二人の関係性を理解する

さっきシキが言おうとしたのはそのDeicideという組織についてだったのだろう

そして顔を顰めた理由は……恐らくウィリアムだ


『だから君は嫌なんだ!あとトアの体返してよ、ウィリアムが持ってると汚れる』

「酷っ!にしてもトアって男なのに綺麗な顔してんのな」

『俺も最初は女の子だと思ってたけど、一人称が僕、だったからね……っていうか、さっきの趣味って君の趣味なんじゃないの?』


ジト目で言うシキに俺は女の子が好きだ!と叫ぶウィリアム


『ほら、もうすぐ夜が明ける。影の中を移動するからウィリアムも来て。あ、トアの体に何かしたり移動中傷つけたら頭を噛み砕くよ』

「親バカ全開じゃねぇか」

『何とでも』


物言いは酷だがそれ程親しい関係なのだろう

トアはシキのもふもふした首にしがみつく


『じゃあ、行くよ』


シキの一言で影に飛び込む。周りが濃い闇に包まれて、トアは自身を子と呼ぶ優しい黒犬の毛に顔を埋めて目を閉じた


怪異『ブラックドッグ』が消え、彼の子と名乗る少年が生まれた誰もいない早朝の教会を彼らとは別の存在の一日の始まりを告げるように、朝日が眩しく照らしていた

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