鸚鵡さん

江東せとら

鸚鵡さん



仕事から帰ったらリビングに鸚鵡さんがいた。


まさかうちに来るなんて思ってなかったから全く対策はしていなかったし、その日は残業でとてもつかれていたからとりあえず放っておいた。

鸚鵡さんは食卓の椅子に呆けた顔で座っている。

すごく鼻につく顔だ。

私が洗面所に行って着替えてから夕食の準備に取り掛かる間もずっとそのままだった。

正直、目障りだ。

音楽でも流して調理したかったが鸚鵡さんがいるからそうもいかない。

しかも2人分の夕食を用意しなければならないのだから無性に腹が立つ。

単調な音で野菜を切り、

なかなか煮えない鍋を待ち、

冷や飯をレンジから出して、もう一度温めた。

ようやく、夕飯らしきものが完成して食卓に持って行った時も依然として鸚鵡さんはいた。

どうも今日は帰るつもりはないらしい。


「いただきます」


『いただきます』


こいつの顔をチラつかせながら食べると濃いめの味噌汁もまるで味を感じない。

そういえば、友人がこの前鸚鵡さんが来たという話をしていた気がする。

電話でもして対処法を訊いてみようかなとふと思ったが、そんなことをするのはよほどの馬鹿だ、とすぐ改めた。

なにしろ、鸚鵡さんはまだ来たばかりなのだしこんなことを一々他人に訊いているようでは軽蔑されかねない。

しかし、このまま放っておくわけにもいかないのだった。


「やあ、鸚鵡さん。どうして今夜はまたうちなんかに来たんだい?」


『やあ、鸚鵡さん。どうして今夜はまたうちなんかに来たんだい?』


会話もこの調子だから意思の疎通もできない。

鸚鵡さんは私が喋ったことしか言わないのだ。

これがまた相当頭にくる。


「別にうちにいるのは構わないさ」


『別にうちにいるのは構わないさ』


「でもね、鸚鵡さん。そういう佇まいをしていられると迷惑なんだよ」


『でもね、鸚鵡さん。そういう佇まいをしていられると迷惑なんだよ』


そう、迷惑だ。

こいつは迷惑でしかない。

鸚鵡さんにつきまとわれた奴は大抵日常生活がままならなくなる。

朝起きても、会社に行っても、家に帰ってもいる。トイレでさえもついてくのもいる。

しかもこの憎たらしい顔をぶら下げてだ。

タチが悪いのだこいつは。


『タチが悪いのだこいつは』


鸚鵡さんにとりつかれている人は一定数いるらしい。

実際統計でも結構な数いた。

しかし、そんなことはお首にも出さない奴が多い。

だが、気丈に振る舞っている奴に限って、家に鸚鵡さんがいるのだ。

みんな隠したがる。

そしていつの間にか、職場に来なくなったりする。

そうなった後で

「あの人、鸚鵡さんを家に隠してたらしいわよ」「やっぱり、そうじゃないかと思ってたのよ」なんて話になるのだ。

そういうことは大体こいつが悪い。


『大体こいつが悪い』


鸚鵡さんが繰り返した。


「うるさいな、食事中ぐらいそういうのやめたらどうだい」


『うるさいな、食事中ぐらいそういうのやめたらどうだい』


鸚鵡さんはニタニタ笑っていた。

気色の悪い顔だ。


「何がたのしいんだよ」


『何がたのしいんだよ』


「気持ち悪い」


『気持ち悪い』


鸚鵡さんは一層ニタニタとした笑みをたたえた。

心底不快な顔だった。

とても食事なんて出来やしない。

私は箸を止めた。


「大体なんだおまえ」


『大体なんだおまえ』


「嫌がらせもいいかげんにしろよ、何も愉快じゃない」


『嫌がらせもいいかげんにしろ——』


「うるさいこの野郎」


『うるさいこの野郎』


一向に止める気配はない。

こいつの顔を見ていると忘れていた嫌なことが次々と頭の中から這い出てくる。私は思わず頭を抱えた。

本当に嫌な顔だ。

気持ち悪い。

反吐がでる。

ニタニタして鸚鵡さんが繰り返した。


「もうやめてくれ」


『もうやめてくれ』


「性根が腐ってやがるよ、おまえは」


『性根が腐ってやがるよ、おまえは」


「おまえだよ」


『おまえだよ』


うるさい。

汚いツラしやがって、気持ち悪い声で繰り返すんじゃねぇよ。

やめろって言ってるだろ。

おまえそれしかできないのか?そんなに私が憎いのか?何がしたいんだよ?

うるさいうるさい。

おまえだよ。おまえが全て悪いんだよ。

いつだってそうだ。おまえが悪かったんだ。あの時もあの時もあの時も。

うるさいうるさいうるさい。

全部全部おまえのせいだ。

おまえが悪いんだ。

おまえなんか死んじまえ、消えればいい。いらないんだよ。

迷惑なんだ。みんな迷惑してるんだ。

そうだおまえのせいなんだおまえのせいなんだ。

全部全部おまえのせいなんだ。


鸚鵡さんは繰り返した。

ニタニタした笑顔で繰り返した。

見知った顔だ。

よく知っている。

そうだこいつなんだよ。

こいつが悪い。

何が悪い。

何も悪くない。

うるさいのはおまえだ。

おまえなんだよ。

うるさいんだよ。

うるさいうるさいうるさい——



「うるさいうるさい。おまえなんかおまえなんか、おまえなんかおまえなんか、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい——————」




『黙れ』


私の顔をしたそいつが言った。

私はニタニタ笑っていた。


それきり

何も喋らなかった。

そして仕事は当分休むことにしたのだ。

なにしろとてもつかれていたのだから。












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